提出ボタンを押さないで

高校の期末試験中、オンライン答案の提出ボタンが灰色になった。

情報担当教員の八代田ひかりが三年二組へ入ると、四十人の生徒が一斉に画面を連打していた。残り時間は十一分。監督教員は「ブラウザを更新しなさい」と言いかけた。

「更新しないで。答案が端末にしか残っていないかもしれません」

試験システムは学校のSSOで本人確認し、入力途中の答案をセッションに保存する。認証側の障害でセッション更新が止まり、提出だけができなくなっていた。画面を更新すれば、再認証へ飛ばされ、まだサーバーへ送られていない記述が消える可能性がある。

ひかりは生徒に手を止めさせず、まず残り時間を黒板に書いた。障害対応の説明で試験時間を奪わないためだ。次に答案欄を印刷画面へ出し、各端末へPDF保存させた。専門用語を並べる代わりに、「今ある答えを先に箱へ入れる」とだけ伝えた。

教頭は廊下で「全員再ログインさせれば早い」と急かした。ひかりは一台だけ予備端末で試した。SSOは通るが、空の答案が開く。全員にやらせていたら、四十人分が白紙になっていた。

試験時間を障害発生時点で止め、復旧後に同じ十一分を与えることを決めた。時計の写真を撮り、各教室の監督にも同じ時刻を書かせた。後で『何分止まったか』を記憶で決めないためだ。公平性のため、他クラスも同時に止める。別室の生徒だけ先に提出できれば、問題内容を伝える余地が生まれるからだ。

認証が戻ったのは二十三分後だった。ひかりはPDFと再表示された答案を一人ずつ比べ、欠けた記述だけ貼り戻した。最後の生徒が提出すると、教室に長い息が落ちた。

監督教員が小声で言う。「機械の試験なのに、紙より手がかかるね」

「紙は消えませんから。便利な方ほど、消える前提が要ります」

ひかりが答案一覧を閉じると、次の授業のチャイムが鳴った。廊下には一年生がタブレットを抱えて並んでいる。

一人が聞いた。「先生、今日の小テストもオンラインですか」

ひかりは予備のUSBメモリをポケットへ入れ、教室の扉を開けた。