搭乗口より先の約束
「搭乗口から先は、旅客だけです」
空港の旅行カウンターで働く松永和花は、見送りへ来た人に何度もそう案内した。
大石将吾とは同じ会社の同期だった。欠航時には隣で謝り、忙しい朝には紙コップのスープを分けた。休みが合えば飛行機を見に行くのに、二人きりの旅だけは一度もなかった。
和花の福岡支店への転勤が決まり、出発日が近づく。将吾は送別会の幹事を完璧に務め、最後まで「松永」としか呼ばなかった。和花も、空港ならいつでも会えるような顔で笑った。
二人は何度も旅行商品を作った。行きたい町を挙げ、最適な便を選び、宿の写真まで見比べた。それなのに、完成した行程表を一緒に使ったことはない。将吾が「いつか行こう」と言うたび、和花は「社員割引が取れたら」と笑って先へ延ばした。転勤が決まってから、その《いつか》だけが急に遠くなった。
出発前夜、将吾から届いたのは《明日、気をつけて》という短い文だけだった。和花は画面を閉じ、見送りにも来ないのだと思い込んだ。
転勤当日、和花は社員割引の航空券で一人、保安検査を抜けた。搭乗口前の椅子へ座ったとき、隣に誰かが荷物を置く。
将吾だった。私服で、同じ便の搭乗券を持っている。
「どうしてここに」
「旅客なので」
彼は福岡行きと、翌日の東京行きの往復券を見せた。さらに来月、再来月の福岡便も予約済み。和花が帰京する月の便だけ、隣席が空けてある。
「今日だけ送るんじゃないんですか」
「送別は昨日終わりました。今日は、和花の新しい町へ最初に会いに行く日です」
名字を外された瞬間、搭乗案内の声が遠くなる。
和花は自分の帰京予定を開き、空いていた隣席を押さえた。次に、将吾の紙の搭乗券を二つ折りにし、自分のパスポートケースへ入れる。
「返してください」
「次に一緒に飛ぶまで預かります」
搭乗の列が動き出す。将吾がスーツケースへ手を伸ばしたので、和花は空いたほうの手をつかんだ。指を絡めたまま、二人分の搭乗券を係員へ差し出す。
搭乗口から先は旅客だけ。
だから将吾は見送る人をやめ、和花と同じ便に乗る人になった。