改札脇の小さなコロッケ

真昼が駅そばで注文したのは、わかめそばだけだった。受取口で丼を持ち上げると、紙に包まれた小さなコロッケが横に置かれた。

「頼んでいません」

売店の早岐は「食券はあります」と言う。怪しいのは早岐、巡回中の駅員・蓮沼、いつも同じ時間に食べる学生の嶋。先週、真昼が構内で落とし物を拾って以来、蓮沼は妙に丁寧だった。

コロッケの食券は、今の機械では出ない厚い紙で、鋏の穴が一つ開いている。ソースではなく塩の小袋が添えられている。包み紙には、東口の時計を描いた拙い絵があった。

真昼は思い出した。拾ったのは、通院帰りの老婦人の定期入れだった。東口の時計の下で一緒に駅員を待ち、その人がコロッケには塩をかけると聞いた。

「定期入れの人が?」

蓮沼が古い食券の半券を見せた。老婦人は今月、娘の家へ引っ越すことになり、使い切れなかった回数券を駅へ返しに来た。その一枚を、「東口で待ってくれた若い人へ」と預けたのだ。現行の券売機では処理できないため、蓮沼が受け取り、早岐がコロッケ一個に替えた。

「名前を聞かなかったから、お礼を言えなかったって」

「私も聞いてません」

「だから、会えたら渡す。会えなければ店員さんが食べる。そういう注文でした」

嶋は無関係だったが、真昼が来るまでコロッケを守る役を勝手に引き受けていたらしい。

老婦人を待った十分間、真昼は会社の面接に遅れそうだった。結局、その会社には落ちた。だから一瞬だけ、親切を選んだ自分まで間違いだったように思った日もある。けれど名前も知らない相手が、引っ越しの荷物より先に古い食券を持ってきた。結果につながらない行為も、誰かの記憶には残る。そのことが、採用通知より小さく、確かに真昼を励ました。

次の電車が着き、改札から人があふれた。誰もこの小さな受け渡しを知らない。それで十分だと思える静けさが、湯気の周りにだけ残った。

真昼は熱いコロッケを半分に割った。じゃがいもの湯気が眼鏡を曇らせる。

塩を少しだけ振り、東口の時計へ向けて一口かじった。