放送室から見た輪
杏珠は放送委員だった。
フォークダンスの曲を流す役だから、自分は踊れない。校庭に面した小窓しかない放送室で、秒数の書かれた進行表を見ながら再生ボタンを押す。誰かの思い出の始まりを自分が押し、終わりも自分が止める。その役目は嫌いではなかったが、今日は少しだけ外が近すぎた。
「オクラホマ・ミキサー、三分四十二秒」
ヘッドホンの中では明るい音楽が鳴っている。けれど厚い扉の向こうから聞こえるのは、床を揺らす足音と歓声だけだった。
杏珠は小窓から校庭を見た。色とりどりの鉢巻きが大きな輪になり、回っている。弦もその中にいた。人が入れ替わるたび、彼の姿は見えたり消えたりした。小窓の枠が、踊れない自分のための四角い観客席に思えた。
前日、弦は「一回くらい当たるはず」と言った。杏珠が放送係だと伝えると、「じゃあ俺も抜ける」と言った。冗談だと思って笑った。
曲の残り一分。
進行表に目を戻した時、扉が三回叩かれた。
弦が立っていた。息を切らし、片方の靴に砂を詰めたまま。
「抜けてきたの?」
「一人余ってたから」
「嘘。人数ぴったりだよ」
「じゃあ今、一人足りない」
杏珠はヘッドホンを片耳外した。
「戻りなよ」
「ここでも曲、聞こえるだろ」
放送室は狭い。机と機材の間に、二人が立てる隙間はほとんどない。
弦は手を差し出した。
「一曲じゃなくて、残り四十秒」
杏珠は再生機のカウンターを見た。三十七、三十六、三十五。
手を取る。振りなどできない。二人はその場で左右へ一歩ずつ動き、コードを踏まないように小さく回った。弦の肩が壁に当たり、時計が傾いた。笑い声をマイクが拾いそうになり、杏珠は慌てて口を押さえた。
残り十秒。
弦が杏珠を一度だけ回した。狭すぎて、二人とも机にぶつかった。
曲が終わる。杏珠はすぐ次のアナウンス用マイクを入れた。
「以上で、フォークダンスを終了します」
声は少し震えた。
小窓の向こうで輪がほどけていく。弦は扉へ向かい、振り返った。
「一人足りなかっただろ」
杏珠は進行表の余白に鉛筆で書いた。
――放送室、二名。異常なし。
その一行だけは、委員会の記録に残さず持ち帰った。