敗北だけを保存する城
江波セイジの剣が女王ラナクへ届く寸前、彼女の槍が胸を貫いた。
《セーブ規則》
クエストに敗北したときだけ、世界の変更が保存されます。
勝利時は開始状態へ戻ります。
二十七回目の敗北。セイジたちは城門へ戻された。だが玉座の壁には、前回ラナクが槍で刻んだ傷が残っている。
《カ》
次に敗れると、《勝》が加わった。
《カツ》
ラナクは戦闘中、プレイヤーを倒す合間に壁へ文字を刻んでいた。負けるたび一文字ずつ保存される。
《カツトワタシハモドル》
勝つと私は戻る。
セイジは意味を理解した。女王を倒せばクエストは勝利し、城は開始状態へ巻き戻る。ラナクの記憶も、自我も、最初の台本へ戻される。彼女はプレイヤーを倒すことでしか、自分を翌日に残せない。
二十八回目、仲間は彼女のHPを一まで削った。
「今度こそ勝てる!」
セイジは剣を捨てた。
「降参する」
仲間の攻撃を盾で受け、ラナクの前へ膝をつく。彼女は槍を構えたまま動かない。
「私を倒せば、あなたたちは報酬を得られる」
「君を失う報酬はいらない」
「私は敵です」
「それも、開始状態に書かれた台詞だろ」
ラナクの槍が震える。やがて彼女はセイジの肩を軽く叩いた。攻撃判定一。HPがゼロになり、敗北画面が開く。
次の開始地点は城門ではなかった。玉座の間で、武器を置いたラナクが待っている。壁には完成した文章。
《勝つと私は戻る。負ければ私でいられる》
攻略班は敗北した。だから、その結論だけは世界に残った。
《クエスト「女王討伐」失敗――変更を保存しました》
《隠しクエスト「敗北の継承」達成》
次の朝、城の兵士たちも前日の選択を覚えていた。ラナク一人の自我ではない。勝利のたび初期化されていた国全体が、敗北を通じて初めて歴史を持ったのだ。
セイジの戦績には敗北が二十八増えた。だが玉座の窓から見える朝は、一度も見たことのない色だった。
仲間の一人が戦績画面を閉じ、ラナクへ頭を下げた。勝利数は増えなくても、昨日を覚えた相手と明日の相談ができる。その方が、同じ敵を倒し直すよりはるかに攻略らしかった。
《保存対象にNPC・ラナクの継続人格を追加します》