敵にだけ効く薬
白妙ユキナは黒騎士ルフスの口へ、赤い薬を流し込もうとした。
《敵専用回復薬》
使用者が敵と認識している対象にのみ使用可能。
使用に失敗した場合、薬は消費されません。
「そいつを治すな!」
司祭ベオルが叫ぶ。ルフスは村を焼いたボスとして拘束され、処刑寸前だった。だがユキナは戦闘ログに違和感を覚えていた。火炎魔法の発動者欄だけが空白なのだ。
薬瓶をルフスの唇へ当てる。
《使用できません》
薬は減らない。
ユキナ自身が彼を敵だと思えていない証拠だ、と周囲は笑う。主観認識の薬なら、疑っている者には使えない。
「では司祭様、あなたが使って」
ベオルは拒む。
「回復など不要だ」
「敵だと思ってるなら使えるはずです」
群衆の視線が集まる。司祭は仕方なく瓶を取り、ルフスへ向ける。
《使用できません》
ベオルも彼を敵だと認識していない。
黒騎士が顔を上げる。
「命令したのは、お前か」
ベオルが後ずさる。ユキナは薬を奪い返し、今度は司祭の腕へ振りかけた。
赤い光が吸い込まれ、ベオルのHPが全快する。
《使用成功》
ユキナは司祭を敵だと認識している。薬はその認識だけを証明するものだが、ベオルは恐怖で叫んだ。
「私を敵にするな!」
その一言で、隠していた操作杖が外套から落ちる。ルフスを操り、村を焼かせた道具だった。
群衆が司祭へ武器を向ける。ユキナは止める。
「薬は裁判じゃない。私が疑っているだけ」
だからこそ、落ちた杖とログを調べる必要がある。
《敵専用回復薬:使用成功対象ベオル》
《使用者ユキナの敵認識を確認》
操作杖の履歴から、ベオルが火炎魔法を発動した時刻とルフスの身体を遠隔操作した記録が見つかった。
薬だけなら、ユキナが司祭を嫌っていた証明にしかならない。だから彼女は薬の成功を勝利宣言にせず、調査の入口として使った。
ルフスは処刑を免れたが、操られていた間の記憶を持っている。村人へ謝るかどうか、どこまで責任を負うかは本人が決める。
説明文に隠れていたのは真犯人判定ではなく、「敵だと思う」という主観を、暴力ではなく検証へ出す方法だった。
《ボス判定を保留――説明文が示したのは真犯人ではなく、誰も口にできなかった疑いを検証へ変える最初の対象です》