新婦控室の外

夏目絢子は、閉館後の新婦控室で造花のブーケを片づけていた。

榊原文哉は、式場と契約しているカメラマンだ。三年前に離婚して以来、挙式の撮影だけは断り、披露宴から入る。チャペルの扉が閉まる音を聞くと、息が詰まるのだと言った。

絢子は彼を好きだった。けれど好きと言えない。ウェディングプランナーである自分が好意を伝えれば、結婚や指輪まで一緒に差し出すように見える気がした。文哉が「もう結婚はしない」と言うたび、「私は慣れてるから気にしない」と笑った。

絢子は年間百組近いカップルに、未来を約束する言葉を提案してきた。文哉の前では、その技術が全部押し売りに思えた。食事に誘うだけでも、彼には祭壇へ続く通路に見えるのではないか。だから会社の番号しか教えず、私生活の話をされると資料を整えるふりをした。式場の白い花ほど、自分の言葉だけが派手に見えた。

警備員が、施錠まであと十分だと告げた。文哉は忘れたレンズを取りに来て、控室の入口に立った。

「今日もチャペル、入らなかったね」

「仕事だから、必要ない」

「私も仕事だから聞いただけ」

「絢子は、仕事じゃないときも同じ顔する」

鏡に二人が映る。狭い控室で、どちらも視線を外せなかった。

「同じ顔って?」

「俺が結婚しないって言うと、安心したふりする顔」

「職業柄、結婚する人には結婚を勧める。でも、あなたに勧める必要はない」

「それ、俺を好きじゃない理由?」

絢子の手から席札が一枚落ちた。

文哉はすぐに言い直した。

「答えなくていい。ただ、結婚しないことと、誰も好きにならないことを同じにしてた。俺も」

施錠前のチャイムが鳴る。絢子はブライダル冊子を閉じ、引き出しへしまった。

「仕事だから、指輪も式も勧めない」

二度使った逃げ道を、最後だけ選び直す。

「仕事じゃないから、今夜はコーヒーだけ誘う」

余った無地の席札に、会社ではなく私用の番号を書いた。文哉へ手渡さず、彼のレンズケースの上へ置き、先に控室の灯りを消した。