日付に引いた斜線
萌花は、結婚式の日付を空欄にしたまま、大学院の入学手続きを始めた。
社会人向けの夜間課程に合格したのは、和樹と式場を見学した翌週だった。入学は七月。授業と研究で、少なくとも二年間は週末が埋まる。式場から提示された空き日も、七月の最終土曜日だった。
テーブルには、入学金の払込票と、会場の仮予約申込書が並んでいる。どちらも締切は今日。どちらも、払えば簡単には戻らない。
和樹は昼休みに電話をくれた。
「大学院、行ってほしい。でも式を先にしてほしい気持ちもある」
「どっち?」
「僕の希望を、萌花の答えにしないで」
その言い方に腹が立ち、同時に、正しいと思った。
二十九歳のうちに式を挙げたいのは、誰に急かされたからでもない。写真の中で三十歳になる自分を恐れていたからだ。大学院へ行きたいのも、立派な肩書きが欲しいだけではない。今の仕事で答えられなかった問いを、もう一度学び直したかった。
仮予約申込書の裏には、キャンセル料が日付ごとに細かく並ぶ。入学案内の裏には、修了までに必要な単位が並んでいる。どちらも始める前から、途中でやめる値段を教えていた。
二つの願いを比べると、どちらも本物だった。本物なら両立させるべきだ、と萌花はずっと思ってきた。けれど時間は、気持ちの強さでは増えない。
和樹と買った赤いペンが、申込書の上に転がっていた。祝い事へ使うつもりだった色で、萌花は先に学費の確認欄へ丸をつけた。
入学金の払込票を端末へ読み込む。金額を確認する画面で、会場のパンフレットに載った七月の庭が目に入った。白い花の季節。そこへ立たない未来を、萌花ははっきり想像した。
振込を実行する。
会場の仮予約申込書には、和樹の名前だけが書かれていた。萌花は自分の名前を足さず、日付の空欄へ斜線を引いた。
和樹へ〈七月は入学する。式は決めない〉と送る。返事が来る前に、申込書を二つ折りにした。
入学案内の学生番号を手帳へ写す。空欄を埋めなかったことも、萌花の署名の一部になった。