日付のない春
大学の入学願書に年齢を書く欄を見て、朔良はペンを止めた。
二十八歳。今さら、と誰かに言われたわけでもないのに、数字だけが遅刻の印に見えた。
机の引き出しから、日付のない交換日記を取り出す。
定時制高校で出会った眞子は、一つ年上だった。昼は祖母の介護、夜は授業。欠席が続くたび、「また進級できないかも」と笑った。
二人は日記に日付を書かなかった。欠席が一週間でも一か月でも、空いた時間を責める印を残したくなかった。
〈返せた日が、その頁の今日〉
それが眞子の決めたルールだった。頁の上には、日付の代わりに〈寒い夜〉や〈蝉がうるさい日〉とだけ書いた。
ある春、全日制なら卒業式を迎える時期に、朔良は先に単位を取り終えた。教室の窓から校庭の桜を見ながら、進学できる喜びを日記へ書けなかった。眞子を置いていくように感じたからだ。
最後の授業後、朔良は白い頁のままノートを渡した。
眞子はその場で鉛筆を走らせた。
〈私の春と、朔良の春は同じ日じゃない〉
続けて、桜の花びらを一枚挟んだ。
〈先に咲いた花が、あとから咲く花を急かしたりしないよ〉
朔良は卒業後、家計のため就職した。大学へ行く夢は「いつか」に置いたまま、八年が過ぎた。眞子は二年遅れて卒業し、今は地域の介護相談員をしている。
毎年春になると、二人は近況を一通だけ送り合う。日付のない日記の続きのように。
今年、朔良は会社を辞め、福祉を学ぶことにした。願書を開くたび、同級生より遅い、卒業時には三十を越える、と数字を数えてしまう。
古い頁から、乾いた花びらが掌へ落ちた。色は茶色に変わっているのに、形は残っていた。
朔良は年齢欄へ〈28〉と書いた。
遅れではなく、ここまで来た年数だ。
志望理由の最後に、働きながら見てきたことを自分の言葉で記した。
封筒を閉じるとき、日記には今日の日付を書かなかった。
この春は、誰かの暦と揃えなくていい。
ポストへ向かう道で、八年前とは別の桜が咲き始めていた。