明日の魚を残す網
三週間、漁村の網は空だった。
沖から大型漁船団が来て、稚魚まで根こそぎさらっていったのだ。村の倉には干し魚が残り二日分。若い漁師たちは船団と争おうとしたが、村長ナディアは止めた。
「勝っても、海が空なら同じよ」
彼女は先代から託された、確定SSRの一回抽選貝を開く。
必要なのは魚を無限に生む箱ではない。今日食べる分を得ながら、明日も海に命を残す道具。
貝の中から、細い銀糸で編まれた投網が現れた。
《明日残しの網》
海が今夜までに差し出せる成魚だけを選び、群れを減らさない量で引き上げる。海を傷つける網は獲物として回収する。
ナディアは村で一番小さな舟を出した。若者たちが「一網では足りない」と追ってくる。沖には船団の巨大な網が浮かび、海底を削っていた。網の後ろには死んだ珊瑚と捨てられた小魚が帯になって漂う。村の若者は拳を握ったが、ナディアは敵船ではなく潮目を見た。
彼女は銀の網を一度だけ投げる。
水面が円く光った。
網に入ったのは、痩せた雑魚ではなかった。産卵を終えた成魚、繁殖しすぎた棘魚、船団の網を食い破る外来貝。それぞれ必要な数だけ、種類ごとに整然と収まっている。稚魚は銀糸の隙間を抜け、傷一つなく海へ戻った。抱卵した魚には網が触れさえせず、群れの先頭へ押し戻す小さな波まで起こした。
さらに網の端が、海底へ沈んだ船団の禁止網を引っかける。
引き上げると、そこには大量の稚魚と、領主の封印が刻まれた密漁許可証が絡んでいた。船団員たちは逃げようとしたが、港の役人が証拠を押さえる。
村へ戻った魚は、家族の人数に応じて配られた。まず病人用の白身を取り分け、次に各家の桶へ同じ重さずつ載せる。残った棘魚は干物にし、外来貝は畑の肥料へ。翌朝、浅瀬には稚魚の群れが銀色の影を作っていた。
若い漁師が大網を捨て、目の粗い新しい網を編み始める。
「来年も獲るためだ」
ナディアが頷くと、役目を終えた銀糸が朝日に溶けた。
《SSR〈明日残しの網〉――漁獲量、資源回復率ともに最適値。持続漁業の初回完全判定》