映像に残らない側
午後三時、古い商店街を封鎖して時代劇の撮影が始まった。
警備員の駒井柚葉は、助監督の「ロックアップ」の声に合わせ、通りの両端へ車止めを置いた。出演者とスタッフは赤いリストバンド、見学者は黄色。決まりは単純だったが、拍手が起きるたび、境界は少しずつ前へ押されていた。
次の場面では、馬に引かれた荷車が通る。助監督は時間を気にし、「一度で撮る」と叫んだ。
その時、駒井は赤い帯を巻いた小柄な侍を見つけた。衣装は本物に見えるが、草履ではなく光る運動靴を履いている。手首の帯も結び目が逆だった。
「そこの子、止まって」
声を張れば録音に入る。駒井は走らず、カメラの外側を大きく回り、荷車の進路へ入る前に肩を並べた。
少年は近所の子で、捨てられた帯を拾い、役者に混じって母親へ手を振ろうとしていた。撮影開始の鐘が鳴る。駒井は少年を抱き上げなかった。驚いて暴れれば、馬が音に反応する。耳元で「ここに立つと映らない。あの印まで戻ると、お母さんから見える」と言い、黄色の見学区域へ歩かせた。
馬は少年の存在より、急に走る大人や金属音へ反応する。駒井が声を上げず、車止めにも触れなかったのは、そのためだった。事故を止める動きが別の事故を呼ぶこともある。
荷車は予定通り通過した。誰も少年に気づかず、監督の「カット」の後で拍手が起きる。
母親は青ざめて駆け寄ったが、駒井は叱る前に拾った赤い帯を預かった。捨てたスタッフを探し、使用済みの帯はその場で切る手順へ変えた。色だけ確認していた警備員には、結び目と履物も見るよう共有する。
監督は映像を確認し、「完璧だ」と笑った。
駒井は画面ではなく、次の場面に並ぶ竹槍を見た。軽い小道具でも、見学者へ倒れればけがをする。車止めを半歩外へ移し、拍手でまた境界が縮む分を先に空けた。
少年が黄色い帯を振った時、助監督が次のロックアップを叫んだ。
駒井は通りの中央へ背を向け、映像に残らない側の人々をもう一度数えた。