曲がった縫い目

水城梨緒は、縫い目が三ミリ曲がったところでミシンを止めた。

生成りの布で作る小さなトートバッグ。休日のワークショップで裁断し、家に持ち帰って仕上げていた。明日の出勤に使うつもりで、内ポケットの大きさまで自分で決めた。

持ち手の付け根を縫う直線が、途中からわずかに右へそれている。

梨緒は糸切りばさみを手に取った。全部ほどいて縫い直せば、まっすぐにできる。これまで作った巾着もクッションカバーも、曲がりを見つけるたびにほどいた。完成するころには布が針穴だらけになり、使う前から疲れてしまうこともあった。

外では日付が変わった。ミシンのライトだけが、白い机を照らしている。

梨緒は縫い目へ指を滑らせた。三ミリの曲がりは、触っても分からない。見れば分かる。だから気になる。誰かがバッグを見て、手作りだと気づき、下手だと思う場面が浮かぶ。

糸切りばさみの先を、最初の縫い目へ差し込む。

その瞬間、布の端に小さな血の跡が見えた。夕方、待ち針で刺した指からついたものだ。薄く洗ったが、完全には消えていない。

梨緒は、まっすぐな縫い目と汚れのない布を作ろうとして、何度も自分の指を刺していた。

はさみを閉じる。糸は切らなかった。

代わりに、そのまま残りを縫った。曲がった線を急に直そうとせず、少しずれた位置から布の端に沿って進む。最後に返し縫いをし、糸を切る。

完成したバッグは、店の商品には見えなかった。持ち手の片方がほんの少し内側に寄り、底の角も左右で違う。

梨緒はアイロンをかけ直さず、財布と鍵を入れた。鏡の前で持つと、曲がりは自分だけにはよく見えた。

翌朝、梨緒は市販の鞄へ荷物を移し替えなかった。生成りのトートを肩に掛け、玄関を出る。

駅まで歩くうち、内ポケットの鍵が布越しに脚へ当たった。縫い目はほどけなかった。布は、ほどかなかった昨夜の時間ごと肩から下がっていた。

梨緒は持ち手を握り直し、曲がった線を隠さずに電車へ乗った。

曲がった縫い目は、そのまま梨緒の膝の上で揺れた。