最後の練習電車

「練習が終わったら、解散ね」

皆川絃葉は、東雲宗吾へ何度もそう言った。

二人は小劇団の同期で、終演後の終電まで台詞を合わせてきた。宗吾が相手役の日は、恋人の場面も抱擁もすべて演技で済む。舞台を降りれば同期。それなら、好きになっても気づかれずにいられた。

絃葉は今夜の千秋楽で劇団を離れる。昼の仕事との両立が難しくなったからだ。カーテンコールを終え、衣装を返し、二人で駅へ走った。ホームには終電が待っている。

「最後まで間に合ったな」

「もう練習しなくていいのに」

「癖になってる」

宗吾は台本を開いた。最終ページには、恋人役の男が女の手を取る場面がある。けれど彼は台詞を読まず、そのページを破って絃葉へ渡した。

裏側に、次の日曜のワークショップ申込書が印刷されていた。参加者欄には《東雲宗吾・皆川絃葉》。二人で新しい公演へ応募するつもりらしい。

「辞めるって言ったよ」

「劇団は。演じることまで辞めるとは聞いてない」

「また相手役をするため?」

宗吾は答えず、台本どおり絃葉の手を取った。ただし舞台の決められた位置で離さず、終電のドアが開いてもそのままだった。

「これは演技?」

「舞台じゃない」

絃葉は申込書へ署名し、宗吾の名前の隣へ自分の名前を並べた。電車へ乗り、空いた席でも指を絡める。宗吾は連絡先の《皆川・同期》《絃葉》へ変えた。

車内で絃葉は申込書の志望動機へ《もう一度、二人で舞台に立つため》と書いた。宗吾は横から《舞台の外でも》と小さく足す。絃葉は消さず、その横へ丸をつけた。次の稽古日だけでなく、終わったあとに食事をする店まで二人で決めた。

宗吾は申込書を二人の間に置き、空いているほうの手で絃葉の指を包んだ。次の台本が届く前から、二人の続きは始まっていた。

絃葉は、迷わずうなずいた。

「練習が終わったら、解散ね」

二人の役を終わらせる合図だったはずが、その夜からは、演技が終わったあとに本当の二人で会うための言葉になった。