月兎の黒い染みを落とす
王宮画房へ飛び込んできた月兎オパルは、白い毛を黒く染め、巨大な影のようになっていた。
月の祝福を持つ王宮獣が闇に堕ちた――画師たちは悲鳴を上げ、聖水を取りに走る。オパルは絵具棚を倒し、誰も近づけないほど後ろ足で床を打った。
絵師見習いナシェルは、倒れた墨壺を見て事情を察した。月兎の毛に付いているのは呪いではない。乾きの早い王室用の黒墨だ。毛同士が板のように固まり、動くたび皮膚を引っ張っている。
「水をかけたら、もっと固まります」
聖水を持った神官を止め、ナシェルは胡桃油の小瓶を取った。筆を洗う時、乾いた墨を緩めるために使うものだ。
オパルが耳を振り上げる。一本だけ途中で曲がり、固まった毛に貼りついていた。
ナシェルは床に座り、自分の汚れた袖へ油を垂らした。布で揉むと墨がほどける。その様子を月兎へ見せる。
「同じことをします。痛かったら、蹴ってください」
誰もが「本当に蹴られるぞ」と後ずさる中、オパルは彼女の前まで跳ねてきた。鼻先を油へ近づけ、やがて黒い胸を差し出す。
ナシェルは毛先から少しずつ油をなじませた。急いで引かず、固まりが緩むたび櫛で分ける。黒い塊の下から、月光色の毛が一筋ずつ戻った。
最後に耳が解放されると、オパルはぶるりと全身を振った。黒い飛沫が神官長の白衣へ散り、画房にこらえきれない笑いが広がる。
月兎は逃げず、ナシェルの絵布の上で仰向けになった。腹に現れた月環の印が、彼女の筆を伝って手首へ移る。
国王は闇落ちを騒いだ者たちではなく、絵具を知る見習いを王獣付き画師に任じた。
ナシェルはその日の騒ぎを一枚の絵に残した。黒い怪物ではなく、油まみれの手を差し出す少女と、怯えながら近づく白兎を描く。国王は絵を謁見の間へ掛け、「見た目だけで呪いと決めつけぬこと」と題を付けた。先輩画師たちは毎日、その題の下を通ることになった。
白く戻った長い耳がナシェルの膝を覆う。油を拭った毛は日向の絹布ほど温かく、丸い胴の重みが、描きかけの月よりやさしく寄りかかった。