月明かりの十一時

月明かりの十一時、雨は一枚の窓だけを濡らしていた。

撮影所の高層住宅セットで、脚本家が倒れていた。窓の外には満月、ガラスには雨筋。小道具の壁時計は十一時十七分を指し、テーブルには色をつけた水のワイングラスが二つあった。

制作責任者は、夜十一時ごろのリハーサル中、脚本家と主演俳優が口論したと証言した。だが主演俳優は、その時刻には舞台公演中だった。劇場の映像にも連続して姿が残っている。セットに残っていた制作助手だけが疑われた。

現場には二つの奇妙な音があった。雨は細い管から流され、監督が手を上げるとぴたりと止まった。満月は大型照明で、低い機械音を立てていた。夜景を作る装置だと分かっていても、責任者が「昨夜の撮影」と繰り返すたび、誰も時刻そのものを疑わなかった。

脚本家の手には、主演俳優の衣装から外れた銀色のボタンが握られていた。衣装係は前日の撮影で落ちたものだと説明した。主演俳優も、自分は夜の舞台から一歩も出ていないと強く主張し、公演映像を自ら提出した。

制作助手は、リハーサルは照明確認のため午前中に行われたはずだと訴えた。しかし当日の予定表は「夜景リハーサル 十一時」とだけ書かれ、午前・午後の欄が黒く塗りつぶされていた。責任者は印刷不良だと答えた。

セット脇のごみ箱には、撮影所食堂の昼食券と、十時三十二分に発行されたコーヒーの控えが捨てられていた。責任者は前日のごみだと言ったが、清掃記録では当日の朝に袋を交換している。制作助手の腕時計だけが、二十四時間表示で「11:25」を示していた。

刑事は撮影用の記録板を探した。小道具倉庫の奥に隠されていた板には「夜景・第十二場」、その下に「11:17 AM」と残っていた。

十一時は夜ではなく午前。主演俳優の舞台公演は、まだ十二時間先だった。搬入口の映像には午前十時五十分、彼が衣装のまま撮影所へ入る姿が映っている。

刑事が偽物の月を消すと、天井の作業灯が一斉についた。

月明かりの十一時は夜の撮影ではない。夜を演じるセットで、昼の犯行だけが本物だった。