月面学校の保護者会
藤代燈真の予定表に、十五年後の保護者会が登録された。
〈月面第七学校 進路説明会。保護者・藤代燈真〉
娘は当時七歳で、天井に星のシールを貼り、宇宙飛行士になると言っていた。燈真はそのたび、別の夢を勧めた。
妻は月軌道の事故で亡くなっている。宇宙は憧れではなく、家族を一人減らした場所だった。
通知を見た燈真は、娘の図鑑を捨てようとした。月面学校へ行かなければ未来は変わる。だがごみ袋から本を取り出した娘は、何も言わず、破れた表紙へテープを貼った。
「お母さんも、行くなって言った?」
燈真は答えられなかった。妻は出発前、娘へ月の石を持ち帰ると約束していた。怖いから夢を捨てろとは、一度も言わなかった。
その日から燈真は、止める代わりに条件を増やした。勉強すること。訓練を途中で投げないこと。怖いときは怖いと言うこと。娘は一つずつ守った。中学の無重力訓練で吐いた日は、迎えの車で何も言わず背中をさすった。選抜試験に落ちた夜には、宇宙以外の道もあると慰めかけ、飲み込んだ。娘は翌年もう一度受けた。合格の日、燈真は妻の写真を机へ置き、喜んでよいのか分からないまま二人分の赤飯を炊いた。燈真も、妻の事故報告書を初めて最後まで読み、事故と宇宙そのものを同じ敵にするのをやめた。
十五年後、燈真は地球の居間から保護者会へ接続した。画面の向こうで、二十二歳になった娘が月面教員養成課程への進学を希望していた。
「飛行士じゃないのか」
「月で育つ子に、地球の空を教えたい」
娘の背後には、黒い空と青い地球が見えた。燈真の胸は今でも痛んだ。妻が消えた方向に、娘が立っている。
説明会の最後、保護者から一言を求められた。
燈真は長く息を吸った。
「安全な道を選んでほしいと、ずっと思っています。でも、私が安全だと思う場所に閉じ込めたいわけではありません」
娘は画面の向こうで笑った。
通信が切れる前、娘は窓の外へ端末を向けた。青い地球が小さく浮かび、そのどこかに燈真の家がある。彼は手を振った。娘が見えなくなるまでではなく、自分の腕が疲れて自然に下りるまで、ゆっくりと。