有給理由は私用
新庄叶絵は、有給休暇の申請理由に「通院」と入力した。
嘘だった。
休みたい日は、全国コスプレ大会の決勝だった。平日開催のため、出場通知を受け取ってから一週間、申請画面を開いては閉じていた。半年かけて作った機械人形の衣装で、初めて舞台へ上がる。だが広告代理店の職場では、繁忙期に趣味で休むと言えば軽く見られる気がした。
送信直前、カーソルが「通院」の四文字の後ろで点滅する。
病気なら許され、銀色の衣装を着るためなら許されない。たとえ承認されても、理由を知った同僚に笑われる未来まで勝手に作っていた。そう決めているのは会社か、自分か分からなかった。
叶絵は一度申請を閉じた。
翌日、上司から呼ばれた。未送信の下書きまで見られたのかと青くなったが、渡されたのは大会のポスターだった。
会場の広告を自社が担当しており、メインビジュアルの隅に、予選通過者として叶絵のコスプレ名と写真が載っていた。銀の歯車を背負った姿は、普段の叶絵よりずっと大きく見えた。
「これ、新庄さん?」
上司は写真と本人を見比べた。
否定の言葉は出なかった。
「はい。決勝へ出ます」
「それで来月の金曜、休みたいのかな」
「仕事に関係ない理由で申し訳ありません」
上司はポスターを丸めた。
「休暇は、仕事に関係ないことをするためにもあります。理由欄は勤怠の集計には使いません」
そして、叶絵の顔を見ずに続けた。
「趣味を説明したくない人に説明させる欄でもないので、『私用』で十分です」
叶絵は席へ戻り、申請画面を開いた。
「通院」を消し、「コスプレ大会」と書きかける。今度は、堂々と全部話さなければ受容したことにならない気がした。
けれど違う。隠さないことと、差し出すことは同じではない。
叶絵は二文字だけ入力した。
《私用》
申請ボタンを押す。
数分後、承認の通知が届いた。備考には《引き継ぎ表のみ前日まで》とある。
叶絵は机の下で、衣装制作のグループへ《金曜、休めた》と送った。
嘘をつかなかったことが、決勝進出より少しだけ誇らしかった。