朝市の一人鍋
長船莞奈は、休日になると昼まで眠ることが多かった。
平日は食品会社で新商品の会議に追われ、休みの日くらい何も決めたくない。けれど夕方に目を覚ますと、一日を使わなかったような寂しさが残った。
ある土曜、珍しく六時に目が覚めた。
二度寝しようとして、近所で朝市が開かれる日だと思い出す。顔を洗い、財布だけ持って外へ出た。
商店街の裏通りに、野菜や魚の小さな店が並んでいた。
莞奈は買うものを決めず、一周した。葉つきの蕪、手のひらほどの白菜、一本だけの長葱。どれも一人分には多いようで、店の人に相談すると、半分に切ってくれた。
「一人鍋なら、この茸も入れな」
隣の店から、小さな椎茸が三枚転がってきた。
魚屋では、鱈の切り身を一切れ買った。
「一切れでいいの?」
「一人なので」
「一人なら、好きなところを選べる」
銀色の皮がきれいな一切れを包んでもらった。
帰宅して、土鍋を出す。
昆布を水へ入れ、野菜を切る。誰かに合わせる必要がないので、葱は厚く、白菜は大きくした。豆腐も形をそろえず、匙ですくって落とした。
火にかけると、蓋の穴から白い湯気が上がった。
鱈の身がほどけ、椎茸と昆布の香りが部屋へ満ちる。ポン酢へ朝市でもらった柚子を搾ると、明るい香りが立った。
莞奈は鍋を食卓の中央へ置いた。
一人なのに中央へ置くのは変かと思ったが、どこからでも箸を伸ばせるので便利だった。
熱い蕪を冷まし、鱈の皮を最後に食べる。食べる順番も、火を止める時刻も自分で決める。
締めには、ごはんを少しだけ入れ、卵を落とした。
朝市で買ったものが全部、柔らかな雑炊へまとまる。食べ終えるころには、まだ午前十時半だった。
休日が長く残っている。
莞奈は洗い物を急がず、窓を開けた。商店街の方から、焼き魚と果物の匂いが風に乗ってくる。
昼寝をしても、本を読んでも、もう何もしなくてもいい。
土鍋の縁には出汁の温度が残り、朝から始まった一日は、使い切るものではなく、ゆっくり味わうものに変わっていた。