未来からの買い注文

久慈川苑美の端末に、二十年後の日付から買い注文が届いた。

〈あなたの五年を買います。価格は現在相場の十倍。受取人は非公開〉

時間越境取引は、未来の医療技術が確立した地域でだけ認められている。売った寿命は今すぐ減り、代金は今受け取れる。買い手は二十年後に五年を得る。

苑美は三十二歳。離婚したばかりで、娘の養育権を争っていた。十倍の代金があれば、弁護士を雇い、安定した家も借りられる。

彼女は契約した。

裁判に勝ち、娘と暮らし始めた。苑美は罪悪感を隠し、毎日を濃くしようとした。運動会では最前列に立ち、誕生日ごとに手紙を書いた。自分が五年早く死ぬことを娘には話さなかった。

十年後、時間越境局から追加通知が届いた。

〈買い手情報の開示条件を満たしました〉

受取人の名は、成長した娘だった。

未来の娘は二十七歳で重い病気になり、母の五年を買っていた。苑美が養育権を得るため売った五年が、二十年後に娘の命を延ばす。

苑美は頭が混乱した。自分の選択で娘と暮らせたのか、未来の娘に選ばされたのか。買い注文がなければ、裁判に負け、娘は別の人生を送り、病気にもならなかったかもしれない。

契約取消の期限は一週間だった。取り消せば、現在の家も学費も、すでに使った代金の返済が必要になる。何より、未来の娘は五年を失う。

苑美は高校生になった娘へ、すべて話した。

娘は長く黙り、言った。

「未来の私が決めたことを、今の私に背負わせないで」

「でも、あなたの命よ」

「今の私は、母さんに長く生きてほしい。未来の私は、死にたくない。どっちも私だけど、相談できないなら別人だよ」

苑美は契約を取り消さなかった。未来の娘を選んだのではない。過去の自分がすでに使った五年を、なかったことにしないためだった。

それから二人は、未来の病気を調べた。娘は医学を学び、発症前診断の研究者になった。

二十年後、病気は治療可能になっていた。買われた五年は不要となり、契約は苑美へ返還された。

五十二歳の苑美に、失った五年が戻った。

娘は笑った。

「未来の私、買い物が下手だったね」

苑美は首を振った。

「いい買い物だった。あなたと未来を話す二十年を買ったもの」

時間は輪にならなかった。母娘が互いの選択を一つずつ引き受け、輪をほどいて道にした。