机の上の代理人

仲裁人の波佐見は、閉めれば施錠される裁判所の非公開調停室から、音声だけでオンライン協議へ参加した。開始から十八分、三人の主張へ短く答え続けたが、突然、机を倒す音を残して沈黙した。職員が開錠すると、波佐見はすでに冷たく、死亡は協議開始より一時間以上前だった。窓はなく、扉は退出時にも自動で掛かる。

容疑者は企業側代理人の円城寺、労組側の若王子、記録担当の高辻。三人とも別室から会議に出ており、波佐見が準備していた裁定で不利益を受ける。映像を切ったのは、調停資料を見せない通常の運用だった。

波佐見は普段から発言が短く、相手の話を最後まで聞く人物だった。そのため円城寺も若王子も、単調な返答を不審に思わなかった。高辻は議事録を取りながら、波佐見の声が弱いのは疲労のせいだと説明した。映像を使わない会議では、声が届くこと自体が本人の存在と同一視されやすい。

音声から残せる手掛かりは三つだけだった。

第一に、波佐見の十八の返答は、語尾の後に続く部屋の反響まで毎回まったく同じ長さだった。

第二に、会議の接続機器一覧では、調停室の端末へ音を送っていたのは内蔵マイクでなく小型無線会議端末だった。

第三に、その会議端末の登録名と購入番号は、高辻の記録用機材台帳に一致した。

若王子が机の植木鉢を持ち上げると、掌ほどの会議端末が現れた。内部には波佐見の過去の審理から切り出した短い返答が並んでいた。

「高辻は波佐見を会議前に殺し、録音を小型会議端末から会議へ送った」私は説明した。議論の要点に合わせて遠隔で『続けて』『確認します』などを選び、最後に机を倒す効果音を流したのだ。同一の反響が切り出し音声を、機器一覧が声の出口を、台帳が所有者を高辻へ結ぶ。扉は高辻が退出して閉めた時点で施錠された。会議に応じたのは仲裁人ではなく、机上の代理人だった。 声が本人だという前提を外せば、密室には最初から生存者はいない。 短い相槌ばかりの人物だったことが、替え玉の声を自然にした。