根を切った飾り鉢

青嶺ヶ谷柚季が温室へ入ると、中央の盆栽が消えていた。

樹齢百二十年の五葉松。祖父から受け継ぎ、来月の国際展示会へ出す予定だった。

友人の雨宮原千紗は、以前から「パーティーの飾りに貸して」と頼んでいた。

「友達なんだから、植物くらい一晩いいでしょ。持ってるだけで独占するのは感じ悪い」

柚季は運搬で根を傷めるため断った。だが千紗は温室の作業員を装い、宅配業者へ集荷を依頼していた。

盆栽はホテルのイベント会場で、鉢から抜かれて金属製の装飾器へ移されていた。根鉢が入らないため、千紗は太い根を鋸で切らせ、枝へ照明器具を結び付けた。翌朝には葉がしおれ始めていた。

千紗は笑った。

「木なんだから、また根が生えるよ。写真もたくさん撮られたし、宣伝になったでしょ」

柚季は樹木医と鑑定人を呼んだ。

盆栽は登録個体で、過去の展示歴、樹形、根の状態が記録されている。評価額は八百万円。しかし最大の損害は金額より、百二十年かけて作られた根と枝が元に戻らないことだった。

ホテルの搬入口カメラには、千紗が〈所有者の許可済み〉と署名する姿がある。イベント会社には、一鉢五十万円の装飾品として請求し、柚季の名を無断で使っていた。

「枯れてないなら全額払う必要ないよね」と千紗は言った。

樹木医は、枯死を防ぐ緊急処置に長期管理が必要で、展示価値は大きく失われたと説明した。治療費、評価減、展示契約の違約金、無断商用利用を合わせ、請求額は千万円近くになった。

千紗はホテルと運送会社へ責任を転嫁したが、両社は本人の虚偽説明と切断指示を記録していた。イベント会社は未払いの装飾料を凍結し、損害へ充てることに同意した。

千紗は柚季へ泣きついた。

「木のために友達の人生を壊すの?」

「あなたが切ったのは、木の根だけではないよ」

盆栽は柚季の温室へ戻り、治療を受けることになった。千紗は自宅マンションの頭金用貯蓄を取り崩し、残額を分割で賠償する。

新しい支柱へ〈移動禁止・所有者許可必須〉の札が付き、切断された根の写真が合意書へ添付された瞬間、ただの飾りだと思った女には、百二十年では返し切れない損害だけが確定した。