桜海老のかき揚げ

僕が引いた図面を、先輩が自分の案として会議へ出した。

完全な盗用ではない。先輩が直した箇所もあるし、僕は補助担当だ。けれど採光の仕掛けも、階段の角度も、昨夜まで僕が試していたものだった。会議で褒められる先輩の横で、僕は資料を配った。画面の隅には僕が付けたファイル名が一瞬映ったが、誰も気づかなかった。自分さえ黙っていれば会議は円滑に終わる。その円滑さに、喉が塞がった。

帰り道に初めて入った居酒屋には、作務衣の常連が一人いた。壁の額が少し傾いているのを見つけ、立ち上がって真っ直ぐに直す。店主は礼を言わず、常連も何も言わず、元の席へ戻った。

桜海老のかき揚げを頼む。衣が油へ落ちると、しゃわっと細かな音が広がった。海老の香ばしい匂いに、三つ葉の青い香りが混じる。揚げたては縁が透けるほど薄く、割ると中心から熱い湯気が出た。

一口目はさくりと軽かった。二口目には海老の殻が歯へ当たり、小さく砕けた。形を支えているのは、目立たない細い足や殻だった。

「今日は新しい油」

店主はそれだけ言った。昨日の油では、この軽さにならないのだろう。

僕は会議の資料を思い出した。共有サーバーには、作成者と更新時刻が残っている。自分の貢献を訴えることは、先輩を告発することと同じだと思い込み、黙っていた。だが責任者へ、次回は自分も説明に参加したいと頼むことはできる。

奥の常連が、直した額を一度だけ見上げた。誰が直したか、壁には名前がつかない。それでも傾きは直っている。けれど仕事では、名前を残さなければ次の機会まで消える。

僕は明日、設計責任者へ作業履歴を添えて面談を申し込む。先輩を責める文章ではなく、『次のプレゼンで採光案の意図を自分から説明したい』と書く。断られるかもしれない。空気を読めない後輩と思われるかもしれない。それでも図面の横に、自分の声を一度置く。

最後のひとかけは少し油を吸い、最初ほど軽くなかった。噛むと桜海老の濃い香りが広がり、三つ葉の青さと一緒に、舌の上へ小さな熱を残した。