歩く本棚
魔法学院の書庫は満杯だった。
新しい本を入れるには古い本を焼け、と財務官は言う。増築費は金貨二千枚。期限は今日の評議会までだった。
「転移者の小娘に、壁を広げる魔法でもあるのか」
穂香は首を振り、床に鉄の軌道を敷いた。
固定棚をすべて車輪付きにし、取っ手を回すと左右へ動くようにする。普段は棚同士を寄せて隙間を消し、必要な列だけ開いて一本の通路を作る。
司書たちは本棚が動くたび悲鳴を上げた。だが棚はゆっくり進み、鎖で互いに連動している。指を挟むほど急には閉じない。
評議会の日、財務官が旧書庫へ入る。昨日まで六本あった通路は一本だけになり、その分、棚が二列増えていた。
「迷路ではないか」
穂香は目録の番号を確認し、取っ手を三回回す。棚が左右へ分かれ、必要な通路が開く。指定された『第七竜脈論・初版』を七十秒で取り出した。
続けて新刊五百二十冊を運び込む。空き段へすべて収まり、なお一千冊分の余裕が残った。
財務官は安全を疑い、最も重い辞典棚を動かした。取っ手は片手で回り、棚は床の軌道から外れない。通路へ人が入ると足元の踏板が沈み、ほかの取っ手に制動が掛かる。誰かを挟んで閉じることもできなかった。
司書は一日の歩数を比べた。旧配置では返却本百冊に書庫を二十七往復。動く棚では分類列を順に開き、九往復で終わった。夕方まで机に積まれていた返却本が、初めて閉館前にゼロになった。
教授たちの待ち時間も、平均十五分から三分へ縮んだ。
床面積は変わらない。収蔵数だけが一・八倍になった。
財務官は増築見積書と、軌道棚の費用を見比べた。金貨二千枚に対し、百八十枚。差額で教師三人を五年雇える。
教授が棚を動かし、長年見つからなかった論文を取り出す。埃を払って最初の一頁を開いた瞬間、口元が少年のように緩んだ。
「焼く本は一冊もないな」
学院長が言い、増築案を破った。
「穂香殿、第二書庫と禁書庫も同じ方式にする。学院収納技師として正式に契約したい」
契約印が押される音の後ろで、本棚が静かに道を開けた。