死なない王の退位式
処刑台には、王冠だけが先に置かれていた。
廃王レオルムは階段を上り、それを拾わず、隣に片膝をついた。十三日前まで彼の臣下だった者たちが、広場を囲んでいる。
処刑日は、冬麦の配給日でもあった。アグリオは倉庫を閉ざし、広場へ来た者だけに一食を与えると布告した。民衆は王の死を見たくて集まったのではなく、子どもの夕飯を得るため並んでいる。
新王を名乗る宰相アグリオは、民衆へ両手を広げた。
「不死を騙り、王位へ居座った暴君を、祖王の剣で裁く!」
暴君という言葉に、歓声は少なかった。レオルムが飢饉の税を免じたことを、広場の多くが覚えている。
近衛兵も剣を抜いてはいたが、刃先を廃王へ向けていない。アグリオはそれに気づき、儀式を急がせた。
「最後に玉座を欲するか」
「欲しいのは、北倉庫の鍵だ。冬麦を配れ」
アグリオは聞かなかったことにした。
祖王の剣を抜き、片膝をつくレオルムの首へ振り下ろす。
金属音が鳴った。
剣は首筋で止まり、アグリオの腕だけが大きく跳ね返された。レオルムは片膝をついたまま、王冠を見ている。髪一本、揺れていない。
「刃引きか!」
新王は刀身を調べた。剣先が欠けている。だが彼はすぐ、儀式用の鞘にすり替えがあったと叫んだ。
「王家の雷を呼ぶ。これなら偽物にも防げまい!」
祖王の剣を天へ掲げると、城の尖塔から黄金の稲妻が集まった。歴代の王だけが使える、反逆者討伐の権能。
レオルムが初めて顔を上げる。
「それは民を守るための雷だ」
「今の民は私だ!」
アグリオが剣を落とす。
雷鳴が広場を白くし、処刑台の床が円形に吹き飛んだ。王冠は熱で赤くなり、石畳へ沈む。煙が立ち上がり、人々は目を覆った。
やがて見えたのは、片膝をつく廃王の姿だった。
姿勢は変わらない。傷もない。
ただし彼の前に置かれていた王冠だけは、雷から守られたように冷たい金色を保っていた。
「王冠まで……」
アグリオの声が掠れる。
レオルムは王冠を拾い、新王へ差し出した。
「欲しかったのだろう。持てるなら持て」
アグリオが剣を握ったまま手を伸ばす。
その瞬間、祖王の剣は刀身の中央から砕けた。