死んだ妻の農地契約

共同組合の契約室で、民生は妻の沙和を見て舌打ちした。

「なぜ生きてここへ来た」

机の向こうには、隣村の早苗が民生の腕へ寄り添っている。二人が提出したのは、沙和名義の果樹園を売却する契約書だった。

「沙和は先月亡くなった。私は唯一の相続人だ」

民生はそう申告し、買い手から手付金まで受け取っていた。実際の沙和は、病気の母を看るため三週間だけ実家へ戻っていたにすぎない。帰宅すると家の鍵は替えられ、寝室には早苗の服が並んでいた。壁には二人の記念写真が掛けられ、沙和の作業着は納屋へ捨てられている。民生は玄関先で妻を見ても驚くより先に、「契約が終わるまで死んだふりをしていろ」と命じた。

「離婚したいなら、そう言えばよかったでしょう」

「おまえに土地を渡す気はない。死人は署名できないからな」

民生は自信満々に公証記録を再生させた。正式な売却だと証明し、沙和を追い返すつもりだった。

壁へ、申請日の映像が映る。

公証人が尋ねていた。

『配偶者は本当に死亡していますか』

『ああ。墓もある』

民生の膝には早苗が座り、彼の頬へ口づけしている。

『奥様が戻ったらどうするの?』

『葬儀は身内だけだったと押し切る。売った金で君と町へ行こう』

二人は笑いながら死亡宣誓書へ指を押した。早苗の首には沙和の母から受け継いだ果樹の銀飾りが下がり、民生は《新しい地主夫人への贈り物》と公証人へ説明していた。オンライン公証は偽造防止のため、申請前後十分間を切れ目なく保存する。民生が「余計な確認をするな」と急かした声も、早苗が沙和の署名を練習した紙も、机上に鮮明に映っていた。

民生が再生を止めようとするが、沙和死亡の申告者である彼には、審査終了まで操作権がない。

沙和は果樹園の権利証を胸へ抱いた。取り返したのではない。最初から一度も、彼のものではなかった。

組合長は手付金の封筒を買い手へ返し、公証官から届いた赤い文書を開いた。

「民生および早苗に対する、虚偽死亡申告、文書偽造、詐欺未遂による逮捕命令を読み上げる」