段ボール一箱の実況
美弦は実家の自室で、段ボールを一箱だけ片づけることにした。母は台所にいるのに、家族グループへ指示を送ってくる。
母 捨てる前に写真を載せて
母 勝手に判断しないでね
箱には、絵画教室の賞状、発表会の髪飾り、使い切った英単語帳が入っていた。どれも母が「あなたの努力の証拠」と呼ぶものだ。美弦にとっては、褒められるために続けた時間の抜け殻だった。
最初の賞状を撮って送る。
母 これは保存
父 額に入れたら?
母 次も見せて
美弦は二枚目を持ち上げ、カメラを向けてやめた。隣の部屋から母の通知音がする。顔を合わせず、箱の中身だけを家族全員の審査にかけられている。
「お母さん」と声をかけると、台所から「グループに載せて」と返ってきた。
美弦は母のところへ賞状を持っていった。
「欲しいなら、お母さんの箱に入れて」
「あなたの物でしょう」
「私の物なら、私が決める」
母は濡れた手を布巾で拭き、「後悔するよ」と言った。
「後悔も私がする」
美弦は自室へ戻り、箱を三つに分けなかった。今日片づけるのは一箱だけだから、その箱の中で決める。残すものは英単語帳の最後の一冊。髪飾りは母へ。賞状は資源回収へ。
家族グループには、実況の代わりに一文を送った。
美弦 この箱の中身は私が決めます
美弦 欲しい物があるなら今日中に直接取りに来てください
父が部屋へ来て、賞状を一枚だけ持っていった。「会社の机に置く」と言うので、美弦は止めなかった。母は髪飾りを手に取り、リボンのほつれを指でなぞった。
夕方、美弦は残った物を箱に戻し、蓋を閉めた。側面に「保存」でも「捨てる」でもなく、「私が決めた」と書く。
写真は送らなかった。箱の上部には手のひら一枚ぶんの隙間が残った。母なら何かを詰めなさいと言うだろう。美弦は空いたまま蓋を閉じた。思い出を保存する箱に、余白があってもよかった。
家族グループの最後の投稿は、母の「終わった?」だった。美弦は箱を押し入れの手前に置き、「終わったよ」と声で答えた。