毒舌しか出ない学者の舌休め茶

「この店は狭く、暗く、品揃えも凡庸だ」

入ってくるなりそう言った男に、薬師ネネは笑顔で扉を指した。

「お帰りください」

「違う! 私は礼を言いたかった!」

客は王立学院の学者ヴァレリウス。

競争相手に言葉の毒を盛られ、何を話しても最も相手を傷つける表現へ変わるようになった。明日の公開審査で論文を説明できなければ、十年の研究が無効になる。助手たちは彼の暴言に耐えかね、今朝とうとう全員辞表を置いた。

「治せ」

「『お願いします』と言えたら考えます」

「貴様の性格は底意地が悪い」

「呪いのせいですか?」

「……半分は私だ」

正直さを評価し、ネネは黒い茶葉を一杯分だけ量った。

「舌休め茶。毒を消すのではなく、言葉を口の中で一度休ませます。話す前に、本当に必要な棘だけ選べる」

「棘は残るのか」

「学者から批判まで奪ったら、ただのお湯です」

湯を注ぐと、香ばしい煙が渦を巻いた。

ヴァレリウスは一口飲み、試すようにネネを見る。

「この店は……必要な品だけが、手の届く場所にある」

額へ汗を浮かべながら言い直した。

「暗いのではなく、薬を日光から守っている。狭いが、無駄はない」

「それはどうも」

「店主は意地が悪い」

「そこは休ませなかったのですね」

「必要な棘だ」

二人とも少し笑った。

ネネは彼の論文から一節を読み上げ、反対意見をぶつけた。

以前なら「愚か者」と吐いたはずの男が、茶を一口含み、三秒黙る。

「その疑問は正しい。ただし前提の数値が古い。第三表を見てほしい」

言葉は鋭いままでも、人を切らなかった。棚の薬瓶も、今度は毒気に曇らず透明なままだった。

ヴァレリウスは銀貨を置き、茶葉の包みを懐へ収めた。

「審査一回分で足りるな」

「二杯目は眠くなります」

「では一杯で全員を黙らせる」

「理解させてください」

翌日の夕方、学院の封蝋付きの袋が届いた。

中には正教授任命状の写しと、舌休め茶二十包分の代金が入っていた。添え書きには、あの学者らしい細い字。

――審査員全員にも必要だ。特に学部長へ濃く淹れろ。

ネネが声を上げて笑ったところで、扉の鈴が鳴った。

外には学院章のついた馬車が止まっていた。