波の数だけ長い洞窟
父の遺灰を海へまく日、兄と妹は十年ぶりに二人きりになった。
兄は父の介護をし、妹は遠くで働いていた。
会えば必ず、来なかった年月と、残った年月のどちらが重いかを争った。
雨が強くなり、二人は海辺の洞窟へ逃げ込んだ。
入口へ波が一つ打ち寄せるたび、外では数秒なのに、洞窟の中では一時間が過ぎた。
最初の三時間、二人は無言だった。
四時間目、妹が濡れた靴を脱いだ。
五時間目、兄が非常食の飴を一つ渡した。
八時間目、ようやく父の話になった。
「最後に私の名前、呼んだ?」
妹が聞いた。
兄は答えなかった。
本当は呼んだ。
だが妹が間に合わなかったことを責めるため、教えずにいた。
十二時間目、妹が鞄から手紙を出した。
父へ送れなかった手紙だった。
仕事を辞めて帰るつもりだったこと、けれど父から「自分の生活を捨てるな」と電話で止められたことが書かれていた。
兄は、その電話を知らなかった。
二十時間目、兄は父が妹の名前を呼んだと伝えた。
妹は泣き、兄を叩いた。
兄も、遅すぎると分かっていながら謝った。
三十時間目、二人は父の悪口を言い始めた。
頑固で、甘い物を隠し、薬を飲んだふりをした。
兄だけが知る父と、妹だけが知る父が、洞窟の中で少しずつ一人の人間になった。
三十六回目の波で、外から救助隊の声が聞こえた。
洞窟では一日半、外では三分ほどしかたっていなかった。
二人は泥だらけで引き上げられ、親戚からひどく叱られた。
翌朝、海は穏やかだった。
兄と妹は並んで遺灰をまいた。
風向きを間違え、少し自分たちへ戻ってきた。
二人は咳き込みながら笑った。
父なら、最後まで面倒をかけるつもりだと言うだろう。
帰り道、妹は兄へ、月に一度電話すると約束した。
兄は「毎月は多い」と言い、妹は「じゃあ二か月」と答えた。
約束はその後、何度か途切れた。
それでも途切れたことを責めず、次の電話をかけ直せるようになった。
洞窟で過ごした三十六時間を、二人以外は知らない。
外の人にとっては、波が三十六回来ただけだった。
けれど家族の中で止まっていた十年を動かすには、それで十分だった。