波形の先の無音

【音声劇『水底郵便局』制作】

21:12 早川碧生

最終話、公開していい。脚本名義は消して。

21:13 塩見玲

嫌。

21:13 轟敦史

理由を説明して。

碧生の脚本は半年前、指導役の先輩に設定ごと盗まれ、別作品として賞を取った。抗議しても〈よくある着想〉で終わり、碧生は以来、新しい台詞を書いていない。

21:16 早川碧生

四月から保険会社。創作はやめる。名前だけ作品に残るのも嫌。

21:17 塩見玲

私は声優事務所。これが最初の公開作になる。

21:18 轟敦史

俺は録音スタジオ。採用面接で聞かせた。

二人の未来には、碧生の脚本が必要だった。

盗まれた作品の受賞配信を、三人は同じ通話で見ていた。先輩が〈仲間との会話から生まれた〉と語った瞬間、碧生は音声を切った。玲は怒鳴り、敦史は録音を止め忘れた。そのファイルには、二人の怒りと碧生の沈黙が十三分残っている。

21:20 早川碧生

使っていい。私を消して。

21:21 塩見玲

盗った人と同じことをさせるの?

最終話では、届かなかった手紙を海へ返す。玲は泣かずに読み、敦史は波音を一秒ずつ削った。碧生は最後の一行だけ決められなかった。

21:27 轟敦史

末尾、無音で出す。

21:28 早川碧生

台詞なし?

21:29 轟敦史

書けなかったことも記録する。

21:30 塩見玲

名義は三人。消さない。

添付された完成音源の波形は、終盤で平らになり、そのまま十秒続いていた。

21:34 早川碧生

私はもう、次を書かない。

21:35 塩見玲

私は次も読む。

21:36 轟敦史

俺は次も録る。

〈早川碧生がグループから退出しました〉

公開後、玲がコメント欄を閉じた。感想で無音の意味を決められたくなかったからだ。敦史は元の十三分の録音も同じフォルダへ移す。作品になった十秒と、作品にできなかった十三分が、隣り合うファイルとして残った。

公開ページには三人の名前が並んだ。再生すると、最後の無音で通信が切れたように錯覚する。けれど波形は途切れていない。碧生の名前の下で、音のない時間だけが作品の終わりまで確かに記録されていた。