浴衣を秘密にする理由
彼女は神社の裏で、クラスメートから隠れていた。
「見つかったら終わる」
「何が」
「学校生活が」
普段の彼女はジャージで登校し、髪を短く結び、体育の授業では男子より大きな声を出す。今夜は祖母が選んだという白い浴衣に、小さな赤い花が散っていた。
「似合うのに」
「だから困る」
学校で「かわいい」と言われると、どう反応していいか分からない。普段の自分まで作り物だったように見られそうで嫌なのだという。
僕は写真部のカメラを持っていた。
「撮る?」
「絶対いや」
「誰にも見せない」
「もっといや。証拠が残る」
彼女は拒んだが、花火の場所へ移動するうち、人混みに押されて僕の腕をつかんだ。
「これは撮るな」
「撮れないよ。両手ふさがってる」
僕は片手にカメラ、もう片方に彼女の手を持っていた。
河原の端へ着くと、クラスの連中の声が聞こえた。彼女はとっさに僕の背中へ隠れた。
「そこまで?」
「明日から『お姫様』って呼ばれる」
「三日で飽きる」
「三日も無理」
僕らはみんなから離れた堤防の下で花火を見た。
赤い光が開くたび、彼女の浴衣が違う色に見えた。学校ではどんな場面でも堂々としているのに、今は袖口を何度も直している。
「一枚だけ」
僕が言うと、彼女は長く迷った。
「顔は?」
「入れる」
「クラスには?」
「出さない」
「卒業アルバムにも?」
「出さない」
「変だったら消す」
条件を全部飲み、僕はカメラを構えた。
彼女は最初、いつものように腕を組んだ。それから思い直し、袖を下ろした。花火が上がる。
シャッターを切る直前、彼女が笑った。
音で何か言ったのが消えた。
「何?」
「見たこと、秘密にして」
写真を確認すると、祖母の浴衣を着て笑う彼女がいた。ジャージの彼女と矛盾していなかった。どちらも同じ人だった。
「秘密にする。でも、これだけは言う」
「何」
「似合ってる」
彼女は僕の肩を強く叩いた。
新学期、彼女はいつものジャージで来た。誰も浴衣のことを知らない。
放課後、机の中に小さな封筒が入っていた。現像した写真と、短いメモ。
『祖母に見せた。すごく喜んだ。秘密、半分解除』
写真の裏には、花火の音で消えた言葉も書かれていた。
『撮ってくれてありがとう』
僕はその写真を、誰にも見せない一番いい場所へしまった。