海魔の子守歌を半音だけ

「魔物の声を半音下げるだけ? 吟遊詩人にもなれぬ」

海軍楽院の試験で、シュレンは無能の札を渡された。

【技能:《半音下げ》――触れた魔物一体が次に発する声を、半音だけ低くする】

音量も意味も変わらず、一声限り。シュレンは岬の番小屋へ移り、浜へ迷い込んだ幼い海魔ネネと暮らした。ネネは魚を干すそばで歌い、夜は水桶へ尾を入れて眠った。朝には貝殻を一枚ずつ窓辺へ置き、シュレンはそれを青い小さな風鈴にした。

初夏、沖から母海魔の歌が響いた。

岬の硝子が震え、港の石壁に亀裂が走る。海魔の歌が港湾の固有音と重なり、波を何倍にも高くしていた。海姫ナディラは艦隊へ討伐を命じる。母海魔は子を探して岸へ近づき、歌うたび港が崩れる。次の満潮で防波堤はもたない。

「子を沖へ返せばよい」

シュレンが言う。

「近づく船が歌で転覆する」

弓兵は母海魔の胸を狙った。ネネは番小屋から飛び出し、浜で母を呼ぶ。幼い声が港の共鳴へ加わり、石壁が大きく傾いた。

シュレンはネネを抱き、喉へ指を当てた。

「次は、いつもより少し低く歌って」

《半音下げ》

ネネの返事が海へ伸びる。たった半音低い声は、港の石と共鳴しなかった。それどころか母の歌と重なると、荒れていた波の山と谷をずらした。沖から来た大波が浜の前でほどけ、白い泡へ変わる。

母海魔は同じ高さへ歌を合わせた。親子の低い二重唱が続く間、海は静かになった。シュレンは小舟でネネを沖へ送り、母の背へ乗せる。二頭は港を壊さず、夕焼けの向こうへ泳いだ。

翌朝、港には魚の群れが入り込んでいた。海魔の低い歌に導かれたらしく、空だった網が銀色で重い。

試験官は「偶然、波と音がずれただけ」と言う。

ナディラは折れた指揮棒を海へ投げた。

「半音を偶然と呼ぶ者に、艦隊の号令は任せられぬ」

海姫は真珠の笛をシュレンへ差し出した。

「我らは海魔を黙らせようとした。そなたは歌い方を一つ変え、港と親子の両方を残した。次の海軍楽長はおまえだ」