消印より早い電話
石母田皓平刑事は、宝来征一警視の前へ二つの時刻を並べた。
《匿名通報 十五時八分》
《脅迫状引受消印 十五時二十一分》
十四年前、桑折陸は会社社長殺害で有罪になった。捜査の端緒は「桑折が社長を脅していた」と告げる匿名電話だった。通報者は、まだ警察も知らない脅迫状の一文まで読み上げていた。
「電話の方が、手紙より十三分早い」
石母田が言うと、宝来は腕を組んだ。
「ポストの取集時刻と消印はずれる」
「これは郵便局窓口の引受印です。差出人が出した時刻より前に、内容を知ることはできません」
石母田は内線記録も置いた。匿名電話は公衆回線ではなく、県警本部の交換台を経由している。発信元は当時の捜査本部、宝来の机だった。交換手の手書きメモには《宝来警部、外線を匿名扱いにするよう指示》とある。メモを保管した交換手は、その直後に配置換えとなり、供述調書も作られていなかった。脅迫状の便箋も、当時捜査本部で使っていた庁内共通用紙と同じ裁断痕を持っていた。
「私は情報源を守っただけだ」
「情報源は誰です」
宝来は答えず、灰皿のない机で指を揉んだ。
「桑折は社長と揉めていた。状況証拠もあった。通報の時刻が逆でも、犯人は変わらない」
「脅迫状の封筒から出た指紋は桑折のものではありません」
「だから何だ。十四年前の判断を、時計遊びで無にする気か。私を告発すれば、捜査本部の全員が共犯扱いだ。お前の所属もなくなる」
石母田は脅迫状の未開封写真を見た。十五時八分の時点で、知る者は書いた本人しかいない。宝来が殺人犯とは限らない。だが警察が匿名通報を作り、桑折へ捜査を向けたことは動かない。
宝来が内線記録を引き寄せた。
「これは機密だ。ここから出せない」
石母田は原本を奪い返さなかった。すでに机上カメラで全頁を読み取り、時刻認証付きで保存していた。
彼は《捜査端緒捏造の疑い》と題した報告書を開き、再審係と監察室を同報にして送信した。
十五時八分の記録が、宝来の端末にも同時に届いた。