深夜料金の半分
郁実は、職場の人間関係を家へ持ち込まない。環は、困っている人を見つけると生活の予定を変える。
そのせいで同居のルールは細かい。来客は禁止。貸し借りは記録。相談は午前零時まで。
零時四十分、郁実のスマートフォンが鳴った。アルバイト先の後輩、潮音だった。
〈店長が帰してくれません。お客さんと二人で飲めって〉
郁実は画面を伏せた。勤務先のバーでは、機嫌を損ねないことも仕事だと教えられている。自分も何度か同じ席に座った。断った翌週にシフトを減らされた人も知っている。
「警察に電話したら」
環が言う。法律事務所で働く彼女は、線を越えたら外へ知らせるべきだと思っている。
「本人が大ごとにしたくないかもしれない」
「じゃあ、迎えに行く」
「関係ないでしょ」
言った瞬間、郁実は自分の声が店長に似ていると気づいた。
潮音から位置情報が届いた。店の裏口。メッセージは「すみません」で終わっている。
環はタクシーを呼んだ。郁実は財布を持たずに立ち上がり、また座った。助けに行けば、明日から店にいられないかもしれない。行かなければ、今夜の自分を家へ持ち帰ることになる。
玄関で環が靴を履く。
「一人で行くの」
「二人のほうが証人になる」
郁実はコートをつかんだ。
タクシーの車内で、二人は作戦を決めた。環が録音し、郁実が潮音を呼ぶ。店へは入らず、裏口で待つ。危険ならすぐ通報する。
環は今夜のことを労働問題として残すべきだと言った。郁実は、潮音が望まなければ記録を渡すだけにすると答えた。守るためという理由で、本人の選択まで奪わない。その一点だけは、二人とも確認した。
料金メーターには深夜割増の表示が点いている。
「私が払う」と環が言う。
「半分。これは私の職場のことだから」
「あなたの責任じゃない」
「責任の話じゃない」
店の明かりが見えた。裏口の前に、薄い制服姿の潮音が立っている。その背後から、店長が何か叫んだ。郁実は窓越しに潮音へ手を上げ、環は録音画面を開始した。
タクシーが止まる。
郁実が紙幣を料金皿へ置き、環が残りを硬貨で足した。
深夜料金を半分ずつ払い、二人は同時にタクシーを降りた。