湯の庭に置く三枚の石

王国最速の伝令だったクオンは、膝を壊した途端に役立たずと呼ばれた。

退職金で買えたのは、山道の果てにある温泉付きの土地。源泉は美しいが、湯小屋までの間が泥で、歩くたび靴が沈んだ。

以前のクオンなら跳び越えただろう。けれど今日は、急がないための道を作ることにした。

必要なのは三枚の踏み石だけ。

伝令時代のクオンは、雨の日も雪の日も「遅い」と鞭を入れられた。宿で足を洗う時間さえ惜しみ、腫れた膝を布で巻いて走った。国王の言葉を誰より早く運んでも、彼自身がどこへ行きたいか聞かれたことはない。今は三歩のために一日を使える。誰にも急かされず、自分が転ばない道を選べる。

沢から平石を選び、背負って運ぶ。最も大きい一枚は途中で二度下ろし、そのたび温泉の湯気を見て呼吸を整えた。

沢から平石を選び、背負って運ぶ。一枚目は入口に。二枚目は泥の深い中央に。三枚目は湯小屋の縁に置く。

速さを競う仕事ではない。片足を載せ、揺れを確かめ、沈めば小石を足す。何度も往復し、三枚の高さをそろえた。

最後に、入口から歩いてみる。

一歩。

二歩。

三歩。

泥を跳び越えず、膝をかばいながらでも、温泉までたどり着けた。三歩にかかった時間を測る者はいない。足裏へ返る石の硬さだけが、ここまで来たことを静かに認めてくれた。

クオンは湯船へ腰を下ろした。熱が痛む膝を包み、山風に冷えた肩から力が抜ける。湯気の向こうに、今置いた三枚の石がまっすぐ並んでいる。

夕食は、源泉で温めた出汁に細麺を入れたものだった。乾燥葱を散らすと、香りがふわりと立つ。麺をすする音が、静かな庭へ響いた。

腰の伝令石が青く点滅する。

『緊急。国境へ命令書を届けよ。報酬五倍』

昔なら、食べかけでも立った。

クオンは伝令石を裏返し、麺をもう一口すすった。

「急がなければ見えない道もある」

三枚の石は逃げない。湯も、今夜の食事も、彼を置いて走り去らない。

最速ではなくても、自分の足で着ける場所を、クオンは初めて手に入れた。