火をこぼす巫女の雪花飴
巫女サルメが菓子店〈冬の炉〉へ入ると、床板に焦げた足跡が残った。
彼女は炎神の加護を受け、触れた冷たい物を無意識に燃やしてしまう。戦場では英雄だった。だが明日の祭儀では、国を守る氷晶の鍵を両手で捧げなければならない。去年は鍵の角を溶かし、「壊すことしかできない巫女」と囁かれた。今年失敗すれば、祭儀役を外される。
戦場では炎で城壁を焼いたとき、誰もが名を讃えた。だが食卓で杯を溶かし、子どもに手を振れない彼女を、同じ人々が遠巻きにした。力を弱めれば役目を失い、強いままなら日常を壊す。サルメは厚い耐火手袋を外せないまま、祭儀の練習を続けていた。手袋の指先には、溶けた鍵の銀がまだこびりついていた。
「火を消す菓子が欲しい」
店主トビアは首を振り、六角形の透明な飴を一つ出した。中心で白い花が凍っている。
「雪花飴。火は消しません。熱を、手の内側へ戻します」
「同じことでは?」
「火を失えば、あなたでなくなるでしょう」
サルメは黙って飴を舐めた。舌には冷たさではなく、冬の朝のような澄んだ甘さが広がる。肩から漏れていた火の粉が消え、代わりに胸の奥が小さく温かくなった。
トビアは試しに、霜のついた硝子杯を差し出した。
サルメが両手で包む。いつもなら一瞬で湯気になる霜が、白い模様のまま残った。杯も割れず、指の間から炎も出ない。
彼女はさらに強く握った。掌の紋章は赤く輝いている。火は確かにある。ただ、命令に従って内側で燃えていた。
「私は、壊さずに持てる」
「最初から持つ力はありました。熱の置き場所を知らなかっただけです」
サルメは鏡に映る焦げ跡を見て、恥じる代わりにまっすぐ顎を上げた。
値段は銀貨一枚。彼女は祭儀用の金貨を置いた。
「明日の朝、もう一粒。残りは、火を怖がって手袋を外せない巫女たちの分だ」
帰り際、彼女は冷たい真鍮の取っ手を素手で押した。焦げ跡はつかなかった。
扉が閉じ、トビアが雪花の空き包みを拾うと、ちりん、と暖かなベルが鳴った。