火を使わない冬支度
「瓶の中から空気を抜くだけ? 無能な瓶洗いだ」
北辺城の技能査定で、ヌルアは冬営隊から外された。
【固有技能:《無気瓶》――蓋を閉じた容器一つから、内部の空気だけを完全に取り除く】
冷やすことも殺菌することもできない。辺境伯ロズガは「空っぽを作って腹が満ちるか」と笑った。
秋の終わり、敵軍が塩蔵庫を焼いた。城には生の野菜が山ほどあったが、雪に閉ざされれば一月で腐る。肉と麦だけで冬を越した兵は、例年、歯茎から血を流し、傷が治らなくなる。援軍が来るのは春だった。城の医務室には前年抜けた兵の歯が小箱に残り、料理番は野菜を塩もなく煮て早く食べ切ろうとしている。それでは冬の前半に腹を満たし、後半に何も残らない。火で煮て保存する常識そのものが、薪と野菜の両方を早く使い切らせていた。
ヌルアは蕪、青菜、固い葉を細く刻み、重さの二パーセントだけ塩を混ぜた。瓶へ隙間なく詰め、重石で汁の下へ沈める。蓋を閉じて《無気瓶》を使った。
「火を通さぬ野菜など腐る」
料理番が捨てようとする。
「空気を好む腐敗を追い出し、塩に強い酸味だけを育てます」
数日後、瓶の中は爽やかな酸味を帯びた。前世で知った乳酸発酵だった。煮ずに保存するため、冬に必要な力も残る。ヌルアは瓶へ日付を書き、古いものから開けるよう棚を並べた。
雪が城壁を埋めたころ、敵軍は補給切れを待って包囲を続けていた。だが北辺城では、肉煮込みへ酸っぱい野菜を添え、兵たちの口内の傷も増えない。春まで保存できる瓶は、地下室いっぱいに並んでいた。
敵は城内で病が広がったと誤解し、弱った兵を送り込んだ。門から飛び出した王国兵は、冬の初めと変わらぬ足取りで包囲陣を破った。
ロズガは最後の瓶を開け、一口噛んだ。雪の季節なのに、秋の畑の匂いがした。
辺境伯は不採用札を瓶の底へ沈めた。
「空気を抜けば、何もなくなると思った」
彼は冬営隊の総鍵をヌルアへ渡した。
「だが、おまえは空っぽの中へ春まで残る食事を作った」