煙の向き

夕方になると、住宅地へ黒い煙が流れた。

賃貸戸建ての庭で、青芝野邦景が段ボール、古い家具、プラスチック容器を燃やしている。隣家の薄墨谷静帆がやめるよう頼むと、邦景は火ばさみを振った。

「自分の庭で何を燃やそうが自由だ。煙は風の責任だろ」

静帆の家には喘息の父がいた。窓を閉めても臭いが入り、救急吸入を使う日が増えた。

管理会社が注意すると、邦景は焚き火用の小さな薪しか燃やしていないと答えた。

数日後、火の粉が隣家の物置屋根へ飛び、焦げ跡を作った。

消防署と警察、大家が現場確認へ来る。

邦景は、静帆が自分で焦がして騒いでいると言った。

静帆の屋根には、太陽光発電の保守用カメラが付いていた。映像には、邦景の庭から黒い煙と火の粉が上がり、風に乗って物置へ落ちる様子が残っている。

さらに近隣三軒のドアカメラにも、邦景が家具を割り、塗装板とビニール袋を火へ入れる姿が別々の角度から映っていた。

消防署員が焼け残りを確認する。溶けた樹脂、金属ばね、電線。たき火と呼べる内容ではない。

邦景は、ごみ処理費が高すぎるから仕方ないと開き直った。

「自治体が無料で引き取れば、俺だって燃やさない」

職員は、粗大ごみ回収制度と持込処分場の案内を見せた。邦景はすでに申込方法を問い合わせ、料金を聞いた翌日に燃やし始めていた。

大家は、火気規定違反、近隣への健康被害、建物・隣接物への危険、改善命令違反を理由に契約解除を通知した。焦げた物置の修繕費と消防出動に伴う調査費についても、保険会社と協議するという。

邦景は静帆へ言った。

「親父さんの薬代を出す。だから退去は取り消させろ」

静帆は父の吸入器を握った。

「お金で風向きは変えられても、あなたの考えは変わらなかったでしょう」

消防署員が庭の消火を確認し、大家が明渡期限を読み上げる。

煙の発生源が三台のカメラで同時に確定した瞬間、風のせいにしていた邦景の言い訳だけが吹き飛び、家から出ていく方向まで決まった。