片道の手紙
町の外れの郵便局には、宛先不明でも届く青い封筒があった。
忘れられた人へ手紙を書けば必ず届く。
ただし一通出すごとに、差出人はその人との記憶を一つ失う。
親友が突然、すべての記録から消えて三年。
女性は最初の手紙を書いた。
「どこにいますか。私はまだ覚えています」
投函した瞬間、二人で初めて会った場所を忘れた。
二通目。
「無事なら返事をください」
一緒に旅行した町の名が消えた。
三通、四通。
親友の好物。
笑い方。
喧嘩した理由。
手紙を出すほど、宛先へ届けたい相手が自分の中から薄くなった。
返事はない。
家族はやめるよう言った。
このままでは、探している理由まで忘れる。
女性も怖くなり、記憶をノートへ書き留めた。
だが書かれた事実は読めても、感情は戻らない。
「二人で海を見た」とあっても、知らない人の記録に見えた。
最後に残ったのは、一つの約束だった。
「どちらかが消えたら、もう一人が探す」
なぜそんな約束をしたか覚えていない。
それでも女性は最後の青い封筒を買った。
「あなたをほとんど忘れました。それでも約束だけ残っています。次は、あなたが私を探してください」
投函すると、約束の記憶も消えた。
翌朝、机には知らない人について書いたノートと、青い封筒の領収書だけがあった。
女性は全部捨てようとした。
呼び鈴が鳴る。
扉の前に、見知らぬ女性が立っていた。
泣き、笑い、
「遅くなってごめん」
と言った。
「どちらさまですか」
尋ねると、相手の顔が崩れた。
それでも、
「あなたを探しに来た人」
と答えた。
親友は手紙をすべて持っていた。
なぜ消えたのか、なぜ返事を出せなかったのかは話さなかった。
話しても、女性には過去がない。
二人は喫茶店へ行った。
初対面のように、好きな飲み物から聞いた。
趣味も、仕事も、昔とは変わっている部分が多かった。
「前の私たちに戻りたい?」
女性が尋ねる。
親友は手紙の束を抱え、
「戻れない。でも、これだけ忘れても会いに来た人とは、もう一度知り合いたい」
と言った。
女性はうなずいた。
失った記憶は返らなかった。
青い封筒が届けたのは過去ではない。
忘れ切ったあとにも、約束を受け取った側が扉まで来られる、片道の道だった。