猫人弓師の尾休めベッド
猫人の弓師イヴェタは、宿に泊まるたび朝の命中率が落ちた。
原因は右の尾だった。
半年前に魔獣へ踏まれて以来、尾を下敷きにすると痺れが肩まで走る。普通の寝台では横向きでも仰向けでも尾の置き場がなく、眠れない。だが「尾が痛い」と言えば、新米扱いされる気がして、仲間にも黙っていた。
宿《三日月の爪》で一人部屋を頼んだ夜も、彼女は床で丸くなるつもりだった。
宿主ロシュは歩き方を一度見ただけで、半月形の寝台がある部屋へ通した。
中央に細い溝があり、縁だけが柔らかく盛り上がっている。
「尾休めベッドです」
「子供用か?」
「尾がある大人用です」
イヴェタは耳を伏せた。
「別に困ってはいない」
「なら、普通の寝台へ替えます」
「……料金は同じか」
「同じです」
逃げ道を残されたことで、彼女はようやく寝台へ腰を下ろした。溝へ尾を通す。根元にも傷跡にも圧がかからない。身体を右へ倒しても、左へ転がっても、尾だけが自由に動いた。
たったそれだけだった。誰にも我慢を褒められず、痛みを実力不足にされない寝台だった。
魔法も薬もない。けれど夜中に痛みで目覚めず、警戒のため耳を立てる必要もなかった。イヴェタは寝相を恥じる余裕さえなく、枕を抱いて朝まで眠った。
夜明け前、一度だけ大きく寝返りを打った。それでも尾は溝の中を滑り、傷跡に触れなかった。痛みが来るはずの瞬間に何も起きず、イヴェタは眠ったまま小さく喉を鳴らした。
目覚めると、右の尾が軽く揺れた。次に大きく振る。痺れは肩へ上がらない。彼女は窓辺に吊られた呼び紐を、尾の先だけで正確に弾いた。
ちりん。
「朝食の合図ではありませんよ」と入ってきたロシュに、イヴェタは金貨を一枚投げた。
「五泊分。遠征前は全部ここだ」
「銀貨で足ります」
「残りは口止め料だ」
「何を黙れば?」
「……よく眠れたことだ」
耳を赤くして出ていく彼女の尾は、隠すどころか高く立っていた。
ロシュが半月形のシーツを伸ばしたとき、玄関のベルが鳴り、三日月の爪に次の夜が訪れた。