現像されなかった笑顔
同窓会の受付で、雨音は使い捨てカメラを渡された。
卒業式の日に教室で見つかり、誰のものか分からないまま十年保管されていたという。側面には油性ペンで、小さく雨音の出席番号が書かれていた。
高校時代の記憶は、息苦しい場面ばかりだった。朝礼で倒れたこと。廊下の人混みを避けて保健室へ通ったこと。卒業式の写真で、笑えずに俯いたこと。
大人になって不安障害という名前を知り、治療を続けている。それでも同級生に会えば、「暗かった子」として完成してしまう気がした。
会場近くの写真店が、その日のうちにフィルムを現像してくれた。届いたデータを皆でスクリーンへ映す。校庭、窓際の席、制服の袖。撮影者は蓮司らしく、ぶれた写真ばかりだった。
最後から二枚目に、雨音がいた。
文化祭の片づけ中、段ボールの冠をかぶり、口を大きく開けて笑っている。誰かに見せる笑顔ではない。床へ落ちた紙吹雪を蹴り上げ、画面の外の友人へ手を伸ばしていた。
「こんな顔、してたんだ」
雨音が呟くと、隣の蓮司が言った。「してたよ。たまにだけど」
たまに。その言葉がありがたかった。ずっと明るかったと美化されるより、苦しい日々の間に確かに一枚分の笑いがあったと知る方が、本当だった。
集合写真を撮る時間になり、雨音は端へ逃げそうになった。けれど、窓際の光が届く二列目に立った。笑うよう求められても、無理には口角を上げない。緊張した顔のまま、レンズを見た。
帰宅後、現像した写真を一枚だけ印刷した。財布には治療予約のカードが入っている。その後ろへ、高校時代の笑顔を重ねた。
カードを隠すためではない。どちらも自分の時間だからだ。
翌朝、予約どおり診察室へ向かう。改札で財布を開くと、段ボールの冠が少しだけ見えた。
診察室で「最近あった良いこと」を尋ねられたら、この一枚の話をしようと思った。
過去は明るく塗り替わらない。ただ、暗さだけで閉じていたアルバムに、現像の遅れた一枚が加わった。