画面の向こうの妹
百瀬葉月の妹は、配信者〈ハヅキング〉のファンだった。
高校三年の妹・柚葉は、進路で迷うたび、そのゲーム配信を見た。何度失敗しても地図を描き直す姿が好きだと言う。
「ハヅキングなら、浪人してもルート変更って言いそう」
夕食のたびに妹は話す。
葉月は「そうかもね」と返していた。
自分がその本人だとは言えなかった。
昼は医療事務として堅実に働き、家では妹の学費を心配する姉。ゲームに向かって王冠をかぶり、大声で笑う姿を見せれば、頼れる姉ではいられなくなる気がした。
ある夜、妹のスマートフォンに通知が届いた。
《ハヅキングがあなたのコメントに返信しました》
ほぼ同時に、葉月の机の上でも配信用スマートフォンが鳴った。画面には柚葉の視聴者名と、葉月が打ったばかりの返信。
〈遠回りも地図に描けば、道になるよ〉
妹は二つの画面を見比べた。
「お姉ちゃん?」
葉月は王冠型のヘアバンドを外した。
「ごめん。ずっと黙ってた」
「なんで」
「ちゃんとした姉でいたかったから」
「私にはゲーム隠して、知らない人には進路の話してたの?」
怒った理由が、配信そのものではないと気づくまで時間がかかった。
柚葉は部屋へ戻り、翌朝まで出てこなかった。葉月は配信を休み、王冠を引き出しの奥へ押し込んだ。
翌日の夕方、机の上に一枚の紙が置かれていた。柚葉が描いた、新しい配信サムネイル。王冠をかぶったキャラクターが、分かれ道の前で地図を広げている。
裏には短く書かれていた。
〈次から、私にも本人として言って〉
葉月は妹の部屋をノックした。
「進路の話、聞いていい?」
「ハヅキングとして?」
「姉として。必要なら、ハヅキングの考えも貸す」
扉が少し開いた。
その週末、葉月は柚葉の描いたサムネイルで配信を始めた。王冠も隠さずかぶった。
「こんばんは、ハヅキングです。今日は家族会議で遅れました」
チャット欄に、柚葉の名前が流れる。
〈妹です。地図、借ります〉
葉月は初めて、そのコメントを声に出して読んだ。