画面を閉じた十時四十分

土曜の午後九時五十分、巴はオンライン飲み会の画面に向かって、ぬるくなった炭酸水を飲んでいた。

四人の顔が並ぶ。久しぶりに全員の予定が合った夜だった。開始から二十分、周が左手をカメラへ寄せた。

「報告があります。結婚します」

画面の中で三人が同時に声を上げた。巴も笑い、「おめでとう」と言った。声が重なって、自分の言葉が届いたか分からなかった。

そこから質問が続いた。いつ決めたの、式は、指輪は、名字は。周は一つずつ答え、頬を赤くした。

巴のカメラには、肩から上しか映っていない。画面の下では、部屋着の膝にスーパーのレシートが貼りついていた。夕方まで休日出勤し、帰ってから惣菜の春巻きを食べた。流しには容器と箸が残っている。

「巴は最近どう?」と、一人が聞いた。

順番が回ってきた、と感じた。

結婚、転職、引っ越し。ほかの三人には話題になる変化があった。巴の一か月は、締切が二つ延び、肩こりが悪化し、近所のクリーニング店が閉店した。それだけだった。

「特に何もないよ」

そう答えると、画面の中で一瞬だけ間が空いた。誰も責めていないのに、巴は自分の報告欄を空白で提出したような気がした。

周が「巴、眠そう」と言った。

巴は反射的に「大丈夫」と返しかけた。せっかくの報告会を途中で抜けたら、水を差す気がした。だが、楽しく祝うことと、最後まで起きていることは同じではない。

「うん、実はかなり眠い。今日は先に落ちてもいい?」

三人はあっさり「もちろん」と言った。周は「聞いてくれてありがとう」と手を振った。

巴も手を振り、午後十時四十分に退出ボタンを押した。

急に部屋が静かになる。画面の黒さに、自分の疲れた顔が映った。

流しの容器を全部洗う気力はなかった。コップだけすすぎ、残りは水につける。歯磨きをして、ベッドへ入った。

グループにはまだメッセージが増えていたが、未読のまま伏せた。祝いの席を早く離れても、祝福が減るわけではない。何も報告できない一か月を過ごした自分も、眠る権利くらいはある。

画面を閉じた時間だけが、今夜の巴にできた、いちばん正直な近況報告だった。