畑を休ませる村
田名網栞太の農場は、作物管理AIのおかげで一日も休まなかった。
土壌の数値が下がれば肥料を増やし、雨が足りなければ地下水を汲む。借金を返すには、毎年最高収量を更新するしかない。息子が「土が死ぬ」と言って家を出ても、栞太は計算を信じた。
息抜きの農業ゲームでも、彼は畑を最適化した。村人NPCには休みなく種をまかせ、祭りの日も収穫させた。
ある秋、村人たちが鎌を置いた。
〈今年は収穫しません〉
熟した麦が風に倒れていく。栞太が強制命令を出すと、村人タマラは畑へ寝転んだ。
「腐るぞ」
「土へ返ります」
「食料が無駄になる」
「あなたは、何年先の腹まで今日満たすのですか」
NPCたちは倉庫を開け、種を鳥に撒いた。家畜を野へ放し、収穫祭の代わりに休耕祭を始めた。プレイヤーからは炎上し、運営は「反生産的挙動」として修正を告知した。
栞太は怒りながら現実の畑へ出た。土は硬く、雨水を弾いた。作物の根は浅く、機械の轍だけが深い。息子が残したノートには、休ませる区画の案が書かれていた。利益予測は赤字だった。
ゲームのタマラは、修正前の最後の夜、何も植えていない畑で踊っていた。
「来年はどうする」
「来年の私が考えます」
その無責任さが、栞太には眩しかった。
翌朝、栞太は管理AIの提案を初めて却下した。画面には〈合理的理由なし〉と赤く表示された。
彼は農場の一割を休ませた。銀行は警告し、管理AIは損失を表示した。近所からも笑われた。栞太自身、冬の間ずっと後悔した。
冬の終わり、収入は予測どおり減った。それでも春、休耕地には名も知らない草が生え、虫が戻った。家を出た息子が写真を見て帰ってきた。
「一年だけだからな」
栞太は言った。
息子は土を握り、「一年でいい」と答えた。
ゲームは修正され、村人は再び働いた。タマラは休耕祭を知らない。
栞太は畑の中央に、作物を植えない小さな円を残した。そこでは毎年、何も生産しない。
その空白が、息子と話す場所になった。