白い亀裂の写真

祖母が施設へ移る前日、孫は家中の物を写真に撮った。

古い柱、縁側、食器棚。

記録しておけば、手放しても忘れないと思った。

押し入れから出てきた古い即席カメラには、不思議な癖があった。

撮った物に翌日ひびが入る場合、写真へ白い亀裂が先に写る。

祖母の青い湯飲みを撮ると、中央に細い白線が入った。

祖父と結婚した年から使っている物で、縁は欠けても祖母が捨てなかった一客だ。

孫は湯飲みを布へ包み、箱の奥へ隠した。

翌日、施設へ持っていく荷物にも入れなかった。

「湯飲みは?」

祖母が尋ねる。

「割れるから置いていく」

「割れる前に使うの」

「大事なんでしょう」

「大事だから使うんでしょう」

孫は写真を見せた。

祖母は白い亀裂を見て、

「じゃあ今日が最後だね」

と笑った。

施設へ移れば、壊れやすい物は家族が預かる決まりだった。

祖母は持ち物を減らすたび、

「安全って、ずいぶん寂しいね」

と冗談を言った。

孫は安全にしてあげることが愛情だと思い、その寂しさを聞かないふりしていた。

二人で茶を淹れた。

孫は湯を少し冷まし、机へ布を敷いた。

祖母はいつものように熱いまま注いだ。

小さな音がして、湯飲みにひびが入った。

写真と同じ線だった。

けれど割れず、茶も漏れない。

孫は泣きそうになり、

「やっぱり隠しておけば」

と言った。

祖母は最後の一口を飲んだ。

「箱の中でひびが入ったら、誰とも飲めなかった」

施設へは新しい湯飲みを持っていった。

青い物ではなく、祖母がその場で選んだ黄色い物。

職員へ自分で、

「熱い茶を少しずつ」

と頼んだ。

孫はその注文を先回りせず、隣で聞いた。

古い湯飲みは処分せず、家の庭へ置いた。

ひびの中へ土を入れ、小さな草を植えた。

翌年、家は売られた。

孫は鉢になった湯飲みだけ持ち出した。

ひびは広がり、底も欠けている。

それでも草の根が土を抱え、形を保っていた。

即席カメラで新しい湯飲みを撮っても、白線は写らなかった。

孫は少し安心し、すぐ写真をしまった。

未来の亀裂を知ることは、物を永遠に守る力ではない。

壊れる前に使うのか、壊れたあと何へ変えるのかを、大切な人と決めるための一日が増えることだった。