眠れない勇者たち

勇者オグレイは、野営支援魔術師ラディアを「寝かせるだけの役立たず」と追放した。

「魔王軍の目前だ。眠るための人員より、夜襲に備える戦士が要る」

ラディアは天幕を畳み、契約札を返した。

その夜、一行は森の平地へ陣を張った。

交代で見張れば問題ないはずだった。ところが枝が折れるたび剣士が起き、梟が鳴くたび魔術師が杖を掴む。見張り役が薪を足す音で神官が目を覚まし、神官の寝返りで今度は勇者が起きた。

敵は一度も来なかった。

それでも誰一人、朝まで続けて一刻眠れなかった。

夜明け直後、角兎が一匹飛び出した。

オグレイは剣を抜き損ね、魔術師は簡単な火球の詠唱を二度噛んだ。神官は味方へ眠気覚ましの祝福をかけるつもりで、兎へかけた。角兎は目を輝かせ、元気よく一行を追い回した。

追い払うまでに昼近くなり、今度は全員が同じ木陰で居眠りした。見張りを立てる者もいない。通りかかった行商人に財布を盗まれかけ、勇者一行は魔王軍ではなく荷馬車の鈴で飛び起きた。討伐予定は一日目から半日遅れた。

「以前は、森でも眠れたのに」

ラディアは眠りの魔法を使っていたのではない。

野営地の危険な音だけを残し、枝葉や寝息や小動物の音を薄くしていた。だから見張りは異常だけを聞き、休む者は安心して眠れたのだ。

同じころ、避難民の宿営地では百人の子どもが静かに眠っていた。

支援魔術を張り終えたラディアへ、宿営長ムルカが温かい茶を渡す。

「泣き声を消したのか?」

「いいえ。泣いたら必ず誰かに届くようにして、怖くない物音だけ遠ざけました」

「では、夜間管理官を任せたい。ここで眠れる夜は、食料と同じくらい必要だ」

朝、子どもたちは泣き声ではなく鍋の音で起きた。夜泣きしていた幼子の母は、半年ぶりに朝まで眠れたと、言葉の代わりにラディアの茶碗へ蜂蜜を一匙入れた。宿営地では翌週から、彼女の術を中心に夜番表が組まれた。

昼前、目の下を黒くしたオグレイが宿営地へ来た。

「魔王討伐が終わるまで戻れ。終わったら正式に仲間と認める」

ラディアは眠る子どもの毛布を直した。

「勇者一行との野営支援契約は、追放された夜に終了しています」