石畑の黒胡麻
商会の計算係イリナは、帳簿の横領を見つけたせいで辺境へ飛ばされた。
「数字しか扱えない女に畑は無理だ」と支店長は笑った。
渡された土地は薄い土の下から石ばかり出たが、イリナは石の数を数える代わりに、隙間へ黒胡麻を一列蒔いた。
石を拾っては畝の縁へ積み、水が流れない日は桶で往復した。小さな芽は何度も砂に埋まり、そのたび指先で起こした。帳簿の数字と違い、昨日と今日で同じ形のものは一つもない。それが不思議と楽しかった。
夏の終わり、細い茎に小さな莢が並んだ。
十分に乾いた朝、彼女は布を広げ、最初の一列だけを刈った。
束を逆さにして布へ打つ。
からから、ぱらぱら。
黒い粒が雨のように落ちた。
音は小さいのに、布の上へ黒い星空が広がっていく。金貨より小さく、帳簿の点より丸い。指先ですくえば、掌のしわへ入り込む。数えれば何千粒になるのか、イリナはあえて計算しなかった。
イリナは笑った。商会では一粒の誤差も責められたが、ここではこぼれた粒さえ、来年の芽になる。
街道から商会の荷馬車が来た。
元支店長が青い顔で降り、厚い封筒を差し出した。
「本店監査が入った。戻って帳簿を整えてくれれば、役職を倍にする」
「横領も整えるの?」
男は答えなかった。
イリナは封筒を開かず、布の端を押さえる重石にした。
風で胡麻が飛ぶほうが、商会の秘密より困る。
夕方、選り分けた一握りを乾いた鍋へ入れた。
火にかけると粒が跳ね、ぱちぱちと細かな音を立てる。香ばしい匂いが立ち上り、石の小屋が急に食卓らしくなった。
石臼ですり、塩と山羊乳の油を混ぜる。
黒い胡麻だれを焼いた平パンへ塗ると、表面の熱で艶が増した。
一口かじる。
ぷちぷちした歯触りのあと、濃い香りとほのかな甘さが広がった。
支店長の腹が鳴る。
イリナは二枚目を焼いたが、差し出さなかった。
「役職を倍に、と言ったわね」
「そうだ」
「私の畑では、今日の収穫が昨日のゼロより無限倍よ。そちらの倍は小さいわ」
封筒は布の上で夕露に濡れ始めた。
イリナは散らばった最後の一粒まで急いで拾わず、熱い平パンを先に食べた。胡麻は少し冷めても香るが、焼きたての夕食には今しかなかった。