祝電
祝電は、花嫁を笑わせるために読むものだ。
披露宴の司会を十五年してきた私は、電報の順番にこだわる。祝いの言葉は、並べ方一つで会場の温度を変える。最初は会社の上司から格調高く。次に学生時代の友人から少しくだけた文面。最後は家族から、短く温かく。笑い、拍手、涙が自然につながるよう、声の高さまで決めておく。
その日の花嫁は、開宴十分前に控室から消えた。
白いドレスのまま、ブーケも置いて。介添人は化粧室を探し、新郎は廊下を走った。私は会場に事情を悟らせないよう、開始を少し遅らせると案内した。
祝電の束は、控室の鏡台に残っていた。
全部で十一通。ところが、どの封筒も糊づけされていない。花嫁が先に読みたがったのだろう、と介添人は言った。私は一通ずつ確認し、読む順番を組み直した。
七通目だけ、受付番号がなかった。白い紙に、たった一行。
――昔の写真を返す。屋上で待つ。
差出人名はない。悪趣味ないたずらだ。私はそれを折り、ほかの祝電とは別に胸ポケットへ入れた。
会場では、親族がざわめき始めていた。新郎から、時間をつないでほしいと頼まれる。私は舞台へ上がり、予定より早く祝電を読むことにした。
「ご結婚、心よりお祝い申し上げます」
上司からの長い文面。拍手。
友人からの、花嫁の寝坊癖をからかう文面。笑い。
祖母からの、幸せになってね、という九文字。何人かが目頭を押さえた。
私は完璧な間で読み進めた。花嫁の席だけが空いていることを除けば、いつもの披露宴だった。
九通目を読み終えたとき、会場の外で複数の足音がした。ホテルの支配人と警備員が、屋上の鍵について話している。誰かが非常扉を開けたらしい。
私は最後の一通を手に取った。だが、胸ポケットの紙だけは読まない。
あれは祝うための電報ではない。花嫁を屋上へ呼び出すため、昨夜私が作った招待状だ。
非常扉の鍵は司会台の下に戻してある。紙を封じた糊の苦さと、手すりから離れた彼女の指の感触だけが、まだ口と手に残っていた。