空のマイク

商店街の夏祭りで、司会を任された女性は、人前で話すのが苦手だった。

言葉が詰まり、緊張すると笑ってしまう。

実行委員は、

「台本どおりでいい」

と励ましたが、それすら重かった。

開会前、空の椅子へマイクを置くと、同じ浴衣姿の女性が現れた。

椅子のマイクを代役が持っている間、本物の代わりに祭りの司会を務める。

本物は屋台の陰から聞いた。

もう一人の自分は滑らかだった。

店名を間違えず、時間を守り、子どもの踊りへ気の利いた言葉を添える。

観客もよく笑った。

「来年もこの人でいいね」

実行委員の声がした。

女性は帰ろうとした。

そのとき、迷子の子どもが本部へ来た。

代役は落ち着いて名前と服装を放送した。

完璧な案内だったが、子どもはますます泣いた。

本物の女性は、前年も同じ子が迷子になったことを思い出した。

母親の名を聞かれるのが苦手で、好きな屋台の名なら答えられる子だった。

女性は椅子から予備のマイクを取り、代役の前へ出た。

二人の自分に観客が驚くより先に、本物が言った。

「あ、あの、焼きとうもろこしが好きな子のお母さん。赤い金魚の袋を持っています」

言葉は詰まり、最後に緊張で笑った。

子どもが泣きながら、

「とうもろこし」

と笑い返した。

母親が見つかると、代役はマイクを椅子へ戻して消えた。

祭りの後、女性は司会を失敗したと謝った。

実行委員長は、

「時間は三分押した」

と言い、

「でも、あの子は二分で見つかった」

と続けた。

観客の一人から感想が届いた。

「司会の人が詰まったので、こちらも急がなくていい気がしました」

滑らかさだけが安心を作るのではないと、女性は初めて知った。

翌年も司会を頼まれた。

女性は断りかけ、二人で担当することにした。

滑らかな案内が得意な人と、町の人の癖をよく知る自分。

本物の二人で役割を分けた。

女性は相変わらず詰まり、笑う。

観客も時々一緒に笑う。

空の椅子へマイクを置いても、代役は現れない。

祭りに必要だったのは、間違えない声だけではない。

誰が何を好きで、どんな呼ばれ方なら振り向けるかを覚えている声だった。