空白の言語コード

電話通訳会社の夜間調整室で、葛城令が午前五時半の終業処理を始めると、物流倉庫から最後の依頼が入った。

〈外国籍スタッフが転倒。事情確認のため至急通訳〉

申込欄の言語は空白だった。備考には〈南アジア出身〉とだけあり、後輩は空いているヒンディー語通訳者へ接続しようとしていた。

令は過去の利用記録を検索した。同じ社員番号の健康面談で、ネパール語通訳を使った履歴がある。姓の表記は一文字違うが、生年月日と勤務先が一致していた。

「ヒンディー語ではなく、ネパール語の可能性が高い。本人へ、言語名を選ぶ音声案内を流して確認しよう」

倉庫側は「どちらでも似たようなものでは」と急かした。令は、事故の説明で曖昧な理解を前提にできないと伝え、接続を二分遅らせた。本人が選んだ番号はネパール語だった。

対応可能な通訳者は一人だけで、別の相談中だった。令は待ち時間を倉庫へ伝え、先に救護と安全確保を進め、聞き取りは通訳接続後に行うよう整理した。六分後、正しい言語で通話が始まった。接続した通訳者は、最初の挨拶だけで本人の返事が速くなったことを調整室へ伝えた。分かる言葉に変わると、事故の時刻も痛む場所も途切れずに出てきた。

事情を聞くと、本人は床が濡れていたことを何度も報告していたが、「滑ったのは急いだから」と記録されかけていた。通訳者を通すことで、事故前の報告時刻と担当者名まで確認できた。

後輩は空白の申込欄を見た。

「国名から近い言葉を選べば早いと思っていました」

「早くつながっても、伝わらなければ記録だけが先に完成する」

令は申込フォームで言語が空白のまま送信できないよう変更依頼を出し、分からない場合は本人選択の音声案内を使う手順を一番上へ移した。

彼女には、昼間の法人営業へ移れば夜勤手当以上の昇給になる話が来ていた。一方、調整員を育てる研修担当は、肩書きも給与もすぐには変わらない。

令は営業異動の面談を辞退し、研修担当の公募へ今夜の事例を添えて応募した。