空白の金曜日
八月朔日翠と彼女は、金曜日だけ交換日記を書いた。
一週間でいちばん笑ったこと、一番腹が立ったこと、来週までにしたいこと。三つ書いて、帰りの会のあと手渡す。
十月の金曜日、彼女は休んだ。
次の月曜日も火曜日も来なかった。先生は「家庭の事情」とだけ言った。メッセージを送っても既読にならない。
翠の手元には、先週受け取った日記があった。
金曜日、いつもどおり頁を開く。
一番笑ったこと――書けない。
一番腹が立ったこと――書きたいことが多すぎる。
来週までにしたいこと――学校へ来てほしい。
それでは責めているように見えた。
翠は何も書かず、白い頁を一枚残した。
翌週も彼女は来なかった。
翠は次の頁へ進み、金曜日の出来事を書いた。文化祭の係が決まったこと。購買の新しいパンが甘すぎたこと。担任がチョークを折ったこと。
空白頁には触れなかった。
日記は渡せないまま厚くなる。
十一月の月曜日、彼女が教室へ入ってきた。
髪を短くし、制服の袖を強く握っていた。クラスは一瞬静かになり、すぐに誰かが椅子を引いた。翠は声をかけられなかった。
放課後、日記を差し出した。
「金曜日じゃないけど」
「遅れた分」
彼女は教室の隅で読み始めた。
笑ったこと。腹が立ったこと。来週の予定。自分がいなかった六週間が、いつもの字で続いている。
空白頁で手が止まった。
「ここ、書き忘れ?」
「そこは、そっちの頁」
「何を書けばいいの」
「書けるときのこと」
彼女は鉛筆を持ったまま、長く黙った。
翠は待った。理由を訊かないことが正しいのか、自信はなかった。ただ、白い場所を勝手に埋めないことだけは決めていた。
やがて彼女は一行書いた。
――一番腹が立ったこと。何も言えなかった自分。
次の行。
――一番笑ったこと。今日、翠が金曜日じゃないのに日記をくれた。
三つ目は空いたままだった。
翠が見ると、彼女は首を振った。
「来週までにしたいことは、まだ決められない」
「じゃあ、次の金曜日」
「その次でもいい?」
「この頁、広いから」
二人は日記を机の中央へ置いた。
窓の外で、文化祭の看板を作る音がする。彼女は久しぶりにその音へ顔を向けた。
次の金曜日、空白の三行目には小さく書かれていた。
――来週も、この席に来る。
翠は返事を書かなかった。
代わりに、その一行へ花丸を一つつけた。